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2008年8月 7日 (木)

広島の平和記念式典での福田首相の二枚舌ぶり

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 毎年のことであるが、8月6日広島の平和記念式典でのこども代表の「平和への誓い」は感動的である。昨日もテレビ中継で拝見した。広島市立の二つの小学校から6年生の男女児童2人が交互に述べる「誓い」はすばらしい容だ。「あの日、建物疎開や工場で働くために出かけていった子どもたちは、63年たった今も帰りません。『行ってきます』と出かけ、『ただいま』と帰ってくる。原爆はこんな当たり前の毎日を一瞬で奪いました」と語り、そして、「原爆は、生き残った人たちも苦しめる」として、「自分だけが生きていていいのだろうか」と苦しむ人たちが、生き抜いて平和な町を築き上げたからこそ自分たちまで命がつながったとして、「生き抜いた人たちに『ありがとう』と心の底からいいたいです」と力を込めました。原爆の後遺症に苦しみながら生きた人がいたからいまの子どもたちまで命がつながったというのだ。そして最後に「何も知らなくて平和は語れません」と今も世界各地で戦争や暴力がなくならないなかで、ヒロシマの子どもとして、原爆や戦争の事実に学び、次の世代にヒロシマの心を伝え、世界へメッセージを伝えていく決意を話した。原爆の悲惨さを世界に語り継ぐという決意である。ほんとうにすがすがしかった。式典はまた、秋葉忠利広島市長による「平和宣言」が発せられた。核兵器の廃絶を2020年までに実現するため、世界の2368都市が加盟する平和市長会議では、核不拡散条約を補完する「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を発表したことなどが紹介された。「核兵器は廃絶されることにだけ意味がある」とも述べた「宣言」は、わが国政府に対し憲法を順守し、「ヒロシマ・ナガサキ議定書」の採択を各国政府に働きかけるなど核廃絶へ主導的役割を果たすよう求めた。さらに高齢化した被爆者の実態に即した援護策の充実を要請した。秋葉市長の宣言は理にかなったもので力強い宣言であった。だが、最後に「あいさつ」として登場した福田首相は、覇気もなく原稿を棒読みする程度で内容も「非核3原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立つ」とはいうものの具体策はなにもなし。ところが、式典のあいさつではふれなかったが現地での記者会見で、日本がアメリカの「核抑止」力に頼っている現状について、「日本の安全を考えればやむをえない。核抑止も現実的には必要ではないか」と述べたという。言ってみれば「核兵器によって平和が保たれている」という考え方、見方に通じるものだ。式典で述べた「核兵器廃絶の先頭に立つ」というのと逆行する発言だ。まさに2枚舌ぶりの妙と言える。世界でたった一つの被爆国、それも2箇所で投下された国のリーダーなら、アメリカの核の傘に入るという馬鹿げた行為ではなく、核保有国にきっぱりモノを言い、世界の核廃絶の運動の先頭に立つべきなのだ。今どき、米国の核世界戦略を立案、推進してきた元国務長官、元国防長官とか元上院軍事委員長など4氏が米国の経済紙に「核兵器のない世界にむけて」と題した共同論文を寄稿し、「核兵器のない世界という目標を諸国家間の実際的な事業にしていくこと」を呼びかけている時代だ。核保有国の元国務・国防長官経験者が核廃絶にむけて声をあげる時代に、被爆国日本のリーダーが「核があるから平和がある」論の立場に立つのでは真の核廃絶を口でいくら言っても、二枚舌の遊びでしかない。しかもめざしていることは、自衛隊をインド洋に派兵し、恒久的な海外派兵としてアフガニスタンやスーダンなど派兵先探しに熱心なのである。こんな二枚舌のリーダーをもつ国民は不幸である。

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