個室ビデオ店火災事件は腐朽する資本主義の1断面
深夜の大阪市内の雑居ビルで悲惨な火災事故があり死亡者15人、重軽傷者10人というのはいろんな意味で衝撃的である。火災現場は南海難波駅の近くの繁華街で、飲食店や雑居ビルが目立つという。周辺は火災のあった個室ビデオ店やネットカフェなど個室形店舗が多いそうである。こうした店舗は大都市で急増しているらしい。インターネットカフェ難民というのは国会でも問題になったから、どういうものであるかはほぼ理解している。ところが今回の「個室ビデオ店」なるものも、深夜まで働きつづけ終電車に間に合わないサラリーマンや、アルバイトをしながら専門学校に通う人など、少し寝て学校に通うというような若者など、いわば「深夜難民」とも言われる人たちの仮眠の場として、低料金であるがゆえに利用されていたらしい。だから、施設は2畳ほどの個室にカプセル料金より安いし、経営者も「低料金で快適に眠れる」と宣伝し、シャワーや枕、毛布の貸し出しもあるのだ。狭い空間の密室だから火災が起きても気付きにくい構造になっている。そういう条件を考えてみると、単純に個室ビデオ店などで宿泊することを非難することはできない。終電車のない深夜まで働き続けざるをえない労働者、そういう働き方を強いる無法な労働法制の方が問題だ。だいたい人間というのはその生理現象から考えても、「昼は働き夜は寝る」というのが自然の摂理であるし20世紀はそれが主流であった。だが現在はそういう摂理さえかなぐり捨てるような働き方を強制しているのが新自由主義的資本主義なのである。労働を強要する側はその人間らしい摂理を守っているが、強要される側はまるで使い捨ての「モノ」のように扱われているのだ。今回の雑居ビルの火災は利用者による放火ということである。その容疑者は「生きるのが嫌になった」と放火したということだが、元は大手電器会社の関連会社で働いていたという。しかし10数年前に離婚し、7年前に大手電器会社の関連企業を退職して生活が急変し、多額のサラ金負債、それにギャンブル好きだったらしい。サラ金や公営ギャンブルも問題であるが、どういう事情があるにせよ、こんな多人数を死に至らしめることは言語道断だ。だが、火災が起きた現場がスプリンクラーもなければ、火災報知機は短時間しか鳴らなかったシロモノだった。そもそも人間が泊まるような施設ではなかったこと、そういうところを宿泊所代わりに利用せざるを得ない働かせ方をする新自由主義的資本主義の弊害の一つであろう。またそういう境遇の人を目当てに営業する個室ビデオ店…ほんとうに悲しい事件である。そんななか、本日の「毎日新聞」夕刊の「さまよう雇用、派遣依存社会」(下)を読んだ。なんと今東京では「賃貸マンション業ツカサグループは1時間300円、24時間1500円の個室時間貸しサービスを始めた」という記事だ。それが低所得者に受けるそうで満室が続くというのだから驚きだ。「2畳に満たない個室には、パソコンを置いた机と座椅子、洗面台があるだけだ」と記事は伝える。また、これまでネットカフェ難民というのは住居喪失者なので住民票が発行されない。なんとか定職を見つけたくても住民票がないとだめだ。だから「埼玉県蕨市のネットカフェでは住民票を店内に移し、郵便物を受け取るサービスを始めた」(同記事)。そういうことがネットでも話題になりカフェの来店者も増える」という、いわば「貧困者を対象にした」「貧困ビジネス」だというのだ。すさまじい話ではないか。わたし的には昭和30年代の頃、終戦から10年そこそこの時代だが、中学を卒業して寮生活の会社であったが、4畳半の部屋住まいの3食付で、給与もまあまあだった。夕方5時で終業し定時制高校で学ぶことが嬉しかった。そんな半世紀も前の生活と比べても現代の特に若者は悲惨だと思う。ネットカフェ、漫画喫茶、そして今回の火災事故を起こした個室ビデオ店……等々に寝泊りしながらの生活は人間的な生活であるか? そこには腐朽した資本主義の現実しかない。これが自民党や公明党、それに紆余曲折した民主党も含むさまざまな保守政党が作り上げてきた社会なのだ。まさに80年前の小林多喜二が描いた「蟹工船」の時代に生きる若者が今もたくさんいることを、財界・大企業と政府はしっかり考えろと言いたいのだ。未来ある若者を育てられないような社会、さらに75歳以上の老人を姥捨て山行きにする社会をつくったのが財界と現政府なのだ。そういう社会がいいのかどうかが問われるのがこんどの総選挙の争点の一つであると思う今日この頃だ。
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