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2009年6月29日 (月)

東国春氏で小泉型「郵政選挙」の再来があるのか?

 東国春宮崎県知事を取り込んで自民党から総選挙へ立候補させようという騒動が起こってからテレビのワイドショーで持ちきりである。騒動のしょっぱなの話では、知事が「総裁候補」云々を言ったものだから、自民党もこけにされたものだと思った。その後の事態は東国春知事の方が立候補に意欲満々なのである。もともとから国政へ挑戦したかったのだ。そしてマスメディアにことあるごとに持ち上げられ、“売れっ子”の頂点になった今がチャンスだと思ってるのだろう。知事に当選して3年も経たず、一期の半ばで国政に転ずるとなれば、コケにされたのはひょっとして宮崎県民かも知れない。国政へ転ずる踏み台にされたようなものだから…。自民党のなかは賛否両論で結末はどうなるか不明であるが、野党からは厳しい批判が寄せられている。民主党の岡田幹事長は28日午前のフジテレビで東国春知事との連携について聞かれ「論外だ。東国春氏は『このままでは民主党が圧勝し、民主党ファシズムになる』とまで言っている。相手をする気はない」と否定した。共産党の市田書記局長は同日のNHKテレビ討論会で次のように指摘した。「テレビにどれだけ出ているかと言う“知名度”を基準に、どこかの党がその人気にあやかろうというやり方は、やはり政治的な退廃の極みといっていいでしょう。それと危険だと思うのは、たしかに真の地方分権は大事ですが、暮らしや外交など、重要な争点が山積するときに、あの郵政解散のときのようなシングルイシュー(単独の問題)で、それ一本に今度の選挙の争点を絞ってしまうのはいかがなものか」と述べた。そんなことを聞いて思ったのは、そもそも東国春知事が誕生してからのテレビ出演は異常だとも思っていた。政治に関係のないマンゴウだかなんだかの売込み場面や、なにか異色の発言など、週末には見たくなくても勝手にテレビに映されるのは半ば迷惑沙汰でもあった。あの人はいつ本職の知事の仕事をしているのかとさえ思ったこともある。うがった見方をすればテレビ番組表に「東国春」とあるだけで、テレビ局は視聴率を稼いでいたのかも知れない。この頃の番組は面白くないものが多いから視聴率アップの道具にされたのではないかと勘ぐりたくなる。そこに目をつけた自民党が総選挙で九州ブロックの比例候補にでもすれば自民党から逃げる票を食い止められる、いわば、有権者を誤魔化せると思う政治的退廃の極みだろう。もう一つは、東国春知事は大阪府知事などと連携し「地方分権」をマニフェストに入れて総選挙の争点にするという問題は、市田氏がいうように4年前の郵政選挙の二の舞になりかねない。郵政民営化は衆院で通過したが参院で僅差で否決された。頭に血が上った小泉元首相は関係のない衆院を解散し郵政1本の選挙にしてしまった。だが、その郵政問題はわずか4年で問題点が噴出しているではないか。国政選挙というのは国の未来を争うものであり、地方分権も大事だが単独の問題だけでなく、国民の暮らしが根底から壊されているときにルールある経済社会をどう構築するのか、異常な財界と大企業中心の政治からの転換や、核兵器廃絶、地球温暖化防止とか北朝鮮問題をはじめさまざまな外交をどうするのかなどなど総合的で重要な課題で各党の21世紀の日本の進路をかけて争うものである。単独の問題に矮小化された総選挙であってはならないのは当然である。東国春知事や自民党の一部は、窮地を救うため小泉劇場型「郵政選挙」の再来を練っているのかもしれない。だが、皮肉にも昨日あった小泉元首相の地元中の地元である神奈川県横須賀市長選挙で、自民、公明、民主と小泉元首相が応援した現職市長が無所属の33歳の前市議に敗れた。一市長選とはいえなかなか意味ありげな結果である。

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