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2009年12月 5日 (土)

最高裁で税ネコババ、そして不当判決

 法の番人であり、日本の司法府を統括するはずの最高裁判所が法を破って国費で遊びの道具を買っていた。なんてことが信じられようか。4日付け毎日新聞が報道しTBSでも放映された。2004年から07年度まで職員の娯楽費として344万円もの国費を“税金ドロボー”していたと言うのだ。内容はボーリングに261万円、プロ野球観戦に35万円、そば打ち講習会に6万円、ほかに健康づくり講習会、歌舞伎の鑑賞もある。また6万円でデジタルカメラと付属品を購入。これは「行事の撮影のため」と言うがいまは故障しているらしい。器材の管理さえできないらしい。08年度から見直したというが、これは国土交通省が道路特定財源でマッサージチェアなどを購入したことが発覚し国民の批判を食らった時期であり、こっそりと“見直し”だったようだ。まったく呆れた話である。

職員も職員なら裁判官の判決で驚くべき判決が11月30日にあった。東京都葛飾区のある僧侶が、2004年12月の穏やかな日の日中に、オートロック式ではないマンション内の各戸のドアポストに日本共産党の「区議団だより」やアンケート用紙を投函している際に逮捕され、“住居侵入罪”にあたるとされた。一審では「ビラ配布を処罰対象とする社会通念は確立していない」と無罪判決。二審の東京高裁が罰金5万円の逆転有罪判決を出したため最高裁へ上告していたものである。これを最高裁の今井功裁判長が上告を棄却するなんとも不当な判決を出したのだ。当初、ビラを配っただけの僧侶に対して、公安警察・検察は逮捕、家宅捜索、勾留23日間という過剰・異常な捜査を行なったと言う。他にも東京ではビラ配布弾圧でいくつかの裁判が進行中であるが、それらは「自衛隊のイラク派兵反対」とかのいずれも政府批判を展開する政治的なビラに限られていることから見て、公安警察などの意図的な表現の自由に挑戦する言論弾圧であることは明らかだ。ビラを配るのも国民の権利の一つであり、最高裁は憲法に保障された「表現の自由」を守る立場から権力の乱用を監視するのが本来の立場であり、最高裁はその最後の砦であるはずだ。こうしたまさに逆立ちした日本の司法について国連でも危惧しているのである。国連人権(自由権)規約委員会は昨年10月、日本政府に対し言論表現の自由を守るよう勧告しているほどである。「朝日」新聞1日付社説では「宅配ピザなど、商用チラシの同じような配布は珍しくない。判決は政治ビラに的を絞った強引な摘発を追認したといわれても仕方がない」と指摘。「強引な捜査とあいまいな司法判断は、自由な政治活動が萎縮する、息苦しい社会を招きかねない」と主張している。被告の僧侶は、「これからもビラはまき続ける。不当判決は国際社会に訴える」と意気軒昂である。地方のわが家にもピザをはじめ保険加入や不動産、銀行などなど枚挙に暇がないほど連日2,3種類のビラが入るし、時には共産党以外の政治家や政党のビラも入るが、共産党関係のビラ以外は逮捕なんて聞いたことがない。とりわけ昨今は派遣切り、失業の増大などによる生活苦から自殺も考えた方が、共産党の生活相談所の一枚のビラ、あるいは労働組合などの労働相談のビラから命が救われたという話はいくつも聞こえてくる。一枚のビラでも受け取る権利、読む権利も保障されなくてはならないのだ。公安警察・検察はそうした活動を意図的に弾圧しているとしか思えない。だとしたら、これは民主主義への重大な挑戦であり攻撃であると糾弾する。そんな暇があるなら凶悪事件の未解決にもっと力を入れたらいいのだ。また、最高裁はC型肝炎訴訟では国と製薬会社の責任を認め、万来の拍手が送られる判決がある一方で、誰の目にも不当と思われる判決を下すことや、国民の税金を無造作に娯楽費に使うような自身の足元をよく見つめ、真剣に「憲法の番人」たる務めを果たすよう猛省すべきだ。

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