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2010年1月30日 (土)

首相の施政方針演説の美辞麗句にはウンザリ

 鳩山首相が就任してはじめての「施政方針」演説。直接に聞いていないが新聞に載った要旨は読んだし、テレビ等での論評などは聞いた。さーすが鳩山首相は俗に「八方美人」と言われるだけに、演説は格調高く?美辞、美辞、美辞麗句の連続とあいなった。とりわけ、テレビで評判になっているように、「命を守りたい」という言葉は誰が数えたのか知らないが50分の演説で24回も発せられたらしい。約2分に1回出てきた勘定になる。「命を守る」…誰が聞いたって当然のことであり、万人とも否定はしないだろう。だったら「命が守れなくなっている」現実と元凶は何か、それをどう取り除き、ほんとうに「命を守る」政治をどう実現するのかというピジョンを示すべきだがさっぱり見えてこないし、抽象的できれいごとの羅列では実現の方向がない。まず伺いたいのは、「はたらく命を守る」問題だ。有効求人倍率は0,47倍と過去最高となり、今春の大卒、高卒者でさえ就職がなく、子どもの大卒予定者を抱える友人は言った。「就職先がないので仕方なく大学院へ行くと息子が言う。やれやれと思ったのに学費がさらにいる」との嘆き。失業者は5.1%と過去最大水準を維持、昨年10月から今年3月までの失職者と失職見込みの人は25万6千人と厚労省発表。就業者は103万人減と総務省もいう。「雇用の確保は緊急の課題」(首相)と言いつつ、その具体策は「雇用調整助成金の支給要件の大幅緩和」「雇用保険の対象の拡大」くらいしか言わない。大企業が非正規労働者を解雇、雇い止めしている問題など元凶に迫らない。「登録型派遣や製造業への派遣を原則禁止」と言いつつも、諮問機関の答申では、1年以上の雇用が見込まれれば、「短期細切れ」の雇用契約でも容認するとし、実施は3年から5年先という「抜け穴」だらけの方向だ。莫大な内部留保を溜め込んでいる大企業にその一部を使って、解雇・雇い止めをやめさせる手だてもなし。これで雇用が改善し「はたらく命が守られる」のか。社会保障費は自公政権時代に毎年2200億円削減してきたが、それを元に戻し拡充する方向も触れずじまい。高齢者が怒りを爆発させた後期高齢者医療制度で選挙中は「すぐ廃止」と言いながら、施政方針演説ではその言葉すらも出てこなかった。「廃止は4年先送り」だから、2年毎に保険料が見直されこの4月には13,8%アップが見込まれている。これでお年寄りの命は守れるのか。「障害者自立支援法の廃止へ向けて」(首相)とは言ったが、わずか300億円で撤廃できるのに予算案は107億円だけ。これで「障害者の命を守れる」のか。なにより空しく聞こえたのは、米軍基地の島、沖縄の人々の心を踏みにじりアメリカに顔を向けた姿勢である。「沖縄に暮らす方々の長年にわたる大変なご負担」(首相)というなら、アメリカよりも沖縄に顔を向けなければならない。日本に復帰する前に銃剣と金網で奪い取った普天間を「無条件で返せ」と言えない首相はどこの国の首相か。そして命を奪われているのは、軍機による事故やヤクザ部隊によるひき逃げ、殺人、少女や婦女暴行などの犯罪で命を奪われているのは沖縄と本土など戦後半世紀で千人以上、事故、犯罪件数は20万件もあるのに、よくぞまあ「命を守りたい」「地球の命を守りたい」などと平然と言えたものだとこちらの方が恥ずかしくなってきた。そして官房長官の沖縄を敵視する暴言さえかばうのだから…。かばうと言えば、小沢一郎の献金疑惑には一言もなく、首相自身の疑惑については「多大のご迷惑とご心配」とサラリと触れただけ。今日昼ごろどこかの民放テレビで4歳の男児と9歳の姉の子を雪国へ連れていく番組をなにげなく見ていた。その車中で9歳の女の子が「民主党」とか、「陸山会」とかの言葉を出し、「あれでは支持率が下がるのあたりまえやん」なんて会話をしたのには仰天した。スタッフが言わせたのか…まさか「やらせ」ではないだろうが、真顔で「興味があるの」みたいなことをしゃべった。子どもにまで言われる政治とカネ問題、このていたらくで「命を守る」と言う首相だが全く空虚に見えた。

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2010年1月28日 (木)

平野博文官房長官は「売国奴」に等しい…

平野博文官房長官と言えば、昨年の総選挙投票日の二日後に自民党の前官房長官が官房機密費という名のつかみ金2億5千万円を、持ち逃げしたことと関連して話題になった男だ。平野氏が就任して間のない頃記者団に「官房機密費」について聞かれ、「えっ何機密費?」と聞きなおし「機密費ってあるんですか」となかなかのおトボケでシラを切っていたが、鳩山内閣になって11月までに2回にわたってさっさと1億2千万円を引き出し、使途などはいっさい明かさなかった。そのおトボケさんが沖縄名護市長選で「新基地ノー」の市長が当選したとたんに、「斟酌(しんしゃく)しない」(25日)、「自治体との調整が難航すれば法的に決着させる可能性もある」(26日)、「地元の合意をとれないと物事がすすめられないものか」(27日)と次々エスカレートしている。官房機密費ではおトボケぶりだったが、やくざ部隊とも殴りこみ部隊も言われる米海兵隊が主力である普天間基地の移転先について、名護の辺野古も対象とすることには「確信犯」的に明確な立場だ。「法的な決着」というにいたっては「特別措置法」みたいな法を作ってでも普天間基地の移設を進めると言うものだ。民意は斟酌しないだけでなく法でもってでも決着するというのだからなんとも傲慢極まりない独裁者である。しかも沖縄が本土に復帰する前から米軍が銃剣で強制的に住民を追いやり、鉄条網で囲んで盗人猛々しく取り上げた普天間基地を、アメリカに「無条件で返してほしい」とひと言も言えないへっぴり腰だ。稲嶺名護新市長が「アメリカ政府の合意は大切にするのに地元との同意はいらないとは、政府の目線はどこにあるのか」と批判するのは当然だ。しかも平野博文は移設先さがしの「検討委員会」の責任者なのである。あちこちの移設候補地を上げては拒否されている。当たり前だろう、ヤクザや殴り込みをするようなコワイ海兵隊なんかどこにも来てほしくないから断るのも当然だ。最近も鹿児島県の徳之島とかいう島の三つの町長と逢って移設受け入れを打診したが、3町長とも拒否したと言われる。日本中どこを探しても「どうぞ」と受け入れてくれるようなところがないのは明白だ。だから平野博文は「法的」なんてのたまうのである。これはもうはっきりと「日本よりも米国を大切にする」官房長官であることを証明した。アメリカいいなりの屈辱的姿勢、いや「売国奴」と言うほうがあたっているかも知れない。ゲーツ米国防長官やルース駐日米大使らと同じ「どう喝」仲間と言われても仕方あるまい。まるでアメリカから「裏金」でももらっているのかと疑いたくもなるよねえ。「ゼロベースで5月末までに責任持って決める」とオーム返しに繰り返す鳩山首相の声もだんだん蚊の鳴くような小さな声になってきた。今こそ名護市の民意を宝物のように大事にして、米政府と堂々と交渉する絶好の機会なのだから無条件撤去を言えばいいのだ。安保条約だって第10条ではどちらかの国が廃棄宣言すればその一年後に廃止できるのだ。それにしても社民党の瑞穂さん、党大会では「移設先が沖縄県内で決まるなら重大な決意で望む」なんてしゃきっていたと記憶するが名護市の結果をどう思っているのかコメントでもあったのかなあ?聞こえてこないのでは…。無理ないか、小沢問題でも「推移を見守る」としか言えないのだから。いよいよ社民党の存在意義も怪しげになってきたのかな??? 

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2010年1月27日 (水)

民主党と鳩山首相のウソツキは子どもの教育にも悪い

 鳩山首相のコロコロ変わるウソツキ発言はまるで駄々っ子の子どもみたいだ。これでは日本の子どもの教育にとってもよろしくない。まずは、沖縄の名護市長選結果についてだ。昨年から普天間基地の移設先さがしで迷走しているときの11月14日、首相は「1月には名護市長選もある。その結果によっては方向性を見定めて行く」とはっきり語った。さらに市長選が近づいた1月15日でさえ、「名護の思いも斟酌しながら結論を」とした。それが選挙と言う民意の結論が出たとたん、基地の移設先は「国が決める」「ゼロベースで」「民意はひとつの表れだが斟酌はしない」と180度方向転換。ウソツキの典型みたいな話ではないか。沖縄のみならず本土の世論も、また与野党からも批判が相次いでいる。沖縄県民を馬鹿にしたような対応である。「斟酌しない」と最初に言ったのは平野官房長官ではなかったか?官房長官が口火を切ったのを見て同じ事を言い出した。マニフェスト関連では総選挙でも争点の一つになった後期高齢者医療制度については、08年2月に当時の民主党も含む野党4党で「元の老人保険制度に戻す法案」を参院で可決した。「すぐ廃止だ」と言いながら政権をとると「廃止は4年後に」とあっさり先送りした。また、総選挙の最中に「秘書が起こした不祥事は政治家の責任だ。もし私にそういうことが起こった場合はバッジをはずす」という主旨のことを街頭で大きな声で演説していたことも覚えている。いま問題になっている首相の献金偽装問題で、二人の秘書が在宅起訴という事態になったら、そんな言葉はどこへ消え去ったのか…。自らのバッジをはずすどころか、二人の秘書のうち一人は今も解雇もせず私設秘書に居座っていることを昨日の参院予算委で明らかにした。母からの資金提供総額も発覚した日すらも覚えていないことも暴露した。10何億という母からの資金はいったい何に使ったのかは国民の目線から公開を求められても、「公判が終ってから」と逃げる。ことの重大さも責任もまるで自覚していない。消費税増税問題でも選挙中は「4年間は消費税増税の必要はまるでない」と公約しながら、同じく昨日の参院予算委で「社会保障の未来を考えていくときに議論をするべきこと」と答え、自民党の質問者から歓迎された。基地、献金、経済の3Kで苦境に立つ鳩山首相だが、クルクルと軽~く平気で信念を変えるような首相では困るよねえ。国民はどの言葉を信じたらいいのか。だいたい基地問題一つとってもアメリカにも沖縄にも「いい顔」しょうと言う「八方美人」的だからクルクル変わるのは当然だ。絶対に両立できる問題ではなく、アメリカが銃剣でおどし、鉄条網で囲って一方的に接収した普天間基地を無条件で返せというのがもっとも筋が通っているのだが、それを言えない臆病さには驚く。これでは5月末になっても解決しようがない。結局は普天間基地の温存で宜野湾市民の苦しみを続けるか、名護市民の民意を踏みにじるかの道しか残らない。このままでは90年代の非自民政権の細川首相や、テロ特措法の再延長で行き詰った安倍首相のように無責任な「政権投げ出し」の可能性が濃くなってきたような気がする。それとも頑張りぬいて政治を前向きに進めるかいよいよ鳩山内閣の正念場だ。今ならまだ間に合うから、「米軍基地はいらない」ときっぱり米国と交渉し、張子のトラみたいな小沢問題も先が見えてきたのだからいつまでも擁護しないで政治生命をかけて頑張りぬくときではないか。それが民主党を支持した国民に応える道だし、そうでなければ民主党も国民から見放されるだろう。

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2010年1月25日 (月)

名護市長選の民意は「基地ノー」である

 沖縄の名護市長選で「基地ノー」を訴えた稲嶺進氏が勝利したことはまさに快挙である。基地容認派の自公が推薦する現職市長を破っての当選である。稲嶺氏を推薦した政党は日本共産党、民主党、社民党、沖縄社会大衆党をはじめ保守層の方を含む無党派層の人などのスクラムで歴史的な勝利となった。名護市の民意は普天間基地の移設先となることをきっぱり拒否したことはきわめて重要である。この民意が示されたもとで鳩山政権は普天間基地の決着を5月末までに決めるとしているが、はたしてどうするのか。早速、首相をはじめ民主党の関係者からは「移設先をゼロベースで決めることに変わりはない」などと言っている。ゼロベースのなかには、名護市の辺野古も排除していない。微妙な話であるが沖縄の民主党は稲嶺候補を推薦したが、民主党本部は推薦はしていなかったし本部の幹部らの応援も行った形成はない。政府関係者のなかには基地容認派の候補が当選する方が辺野古への移設に道を開きやすい、と思うフシもあったのではないかという話も聞こえてくる。そういうことがあったとしても、地元の民主党が推薦した候補者が当選した限りは、「辺野古移設」は言えないのは当然だし、言うべきではない。普天間基地の生まれを考えても「無条件撤去」しかないのである。23日付けでも書いたように、共産党の赤嶺議員が衆院予算委員会の質問でも明白である。沖縄は第二次世界大戦で唯一住民を巻き込んだ地上戦を体験した島であり、戦争が終結していない時期に米軍が上陸し、住民は収容所に強制的に収容され、土地を接収したのである。住民が帰ってきたら鉄条網が張られ、自分たちの土地が基地に変えられていたのだ。民家も、役所も、郵便局も、墓地もあった土地を不法に奪ったのがアメリカである。そしてそのままいまだに基地にされているのが普天間である。戦争が終れば仮に占領地であっても元の領土は返還するというのが国際的に確認されていることである。戦争が終ってもアメリカが沖縄全島を強奪したまま72年に本土復帰するまで27年間も「統治」し、住民を苦しめぬいた。その「土地を返せ」と言われたら「じゃあ、代替地を出せ」という権利はアメリカにはないはずである。ここに無条件・即時撤去しかない理由がある。その立場でアメリカと対等に交渉するのが日本政府の本来の立場であるはず。それをやれ「抑止力」だの、「日米関係が悪化する」などと言うのはアメリカ屈従姿勢と言うほかないし自民党政権時代と同じだ。なにもアメリカと武器をもち戦えというのではない。普通の国家間同士のように平和・友好関係を結べと言っているのだ。ところがテレビや新聞報道はこの道理に基づく大事なことがさっぱり報道しない。あの赤嶺質問を報道した大新聞は1紙で短い行数。テレビはNHKの国会中継以外は殆どなし。どこの国のメディアかと思うことがしばしばである。前回も書いたが「抑止力」論なんてなんてチャンチャラおかしく、アメリカの狙いは沖縄や本土の基地を地球的規模での「侵略力」の役割にすることである。メディアはもっと在日米軍の歴史、基地面積、兵員数、海外侵略性、米兵の事件・事故・犯罪数、米軍駐留経費の日本負担額、核密約の存在、経済面での米国従属性などなどについて、米国を中心とするNATO、米韓、米豪の軍事同盟と比較し、取材や研究を重ね、日本の将来への展望について政権交代した今こそ世論をリードするべきである。なかにはしっかりしたコメンテーターも登場するが、多くは不勉強きわまりない人もいて二大政党の言い分だけでおもしろ可笑しくチャラ化してしまうテレビ番組などはこりごりである。いまや小沢問題とからまって鳩山内閣支持率は発足時の半分近くまで急降下し国民は、「期待した民主党もダメ、さりとて自民は反省なしの時代遅れ」と思い政治不信が広がる可能性がある。だからこそ、政治不信に輪をかけるようなメディアになってほしくないのである。それがメディアの使命ではないか。

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2010年1月24日 (日)

首相も幹事長も「秘書がやった」と逃げる醜さ

 小沢一郎民主党幹事長にたいする東京地検特捜部の「被疑者聴取」は、物凄いというか異常というか、マスメディアが騒ぐ中で行なわれた。そりゃまあ、政権与党の幹事長というだけでなくその最高実力者だと言われるからだろう。しかし、田中角栄金脈、金丸信金脈を目の当たりにしてきた百戦錬磨の小沢一郎のことだから、わずか1回くらいの聴取で地検の狙いに沿うほどの者でないことぐらいは初めから分りきっている。まあ、最初の顔合わせ的なもので聞くだけ聞いてその言い分と、逮捕している3人の元秘書などの供述や何箇所もの強制捜査で押収した資料などと突き合わせするにはかなり時間が要するだろうと思いつつ、メディアの報道に付き合ったが案の定であった。だが、「政権党の現職幹事長が検察の事情聴取を受けたのは戦後の政治史上でも異例のことで、このこと自体が異常事態」(共産党市田忠義書記局長談話)であることは間違いない。そして問題の焦点は東京の世田谷区に購入した土地代金4億円の原資と、これを政治資金収支報告書に虚偽記載した点にあることもわかった。事件の核心である土地購入資金の原資にゼネコンからの裏金が使われたのではないかとの疑惑がもたれているのである。現実に胆沢ダム建設の「仕事がとれたら5千万円と小沢秘書に要求され04年10月ごろ渡した。2回目は05年4月末ごろ5千万円渡した」との水谷建設関係者の証言も出ているのである。また、事情聴取後の小沢会見では「不正なお金はもらっていないし、不正な行為もしていない」と言えば言うほど、三転、四転と釈明が変転することも不思議である。例えば土地購入の原資はどうしたかという問題では、最初は「政治資金」と言い、次は「銀行からの融資」へ、さらに「自宅に置いていた個人資金」から今度は「個人事務所に保管していた資金」とコロコロ変わる。23日の小沢会見では、亡父(68年死去)の相続金や土地を処分して現在の家を購入した際の残金や著書の印税などで04年頃まで約7億の収入があり、その間の支出を差し引き4億数千万の手持ち資金があり、これを個人事務所の金庫に保管していたと言う。少なくとも亡父の相続金3億円を最初に銀行から引き出したのは97年だと。こんな巨額の金を長年にわたって利子も付かないし、置き場所も自宅か個人事務所かわからないが、そんな所に保管なんて庶民の感覚では理解できないけどなあ? ともかく「残金の4億数千万円のうち4億を陸山会に貸し付けた」という。だとしたら土地代金支払いと前後して定期預金を担保に銀行から利子払いが発生する4億円の融資を受けたのも不自然。小沢会見では「(秘書がやったことで)関与しておらず、分らない」と…。ここに原資の出所を隠すためではなかったのかという疑惑が生まれているのだ。そして売買代金の支払いをはじめ、土地代は04年10月29日に完了しているのに所有権移転日を2005年にした理由も、収支報告書の記載も、すべて「秘書がやったことで関与していないのでわからない」とも述べた。肝心カナメの問題は「秘書がやった」と責任を秘書になすりつけた。これは鳩山首相の故人献金疑惑と同じで、母からの毎月1500万円もの大金を何年にも渡ってもらっていたことを「知らなかった。秘書にわたしていたから」との言い分とそっくり。首相は野党時代に「秘書のやったことは政治家の責任だ」とまで公言していたのに、自らの疑惑になると「秘書が…秘書が…」である。こうして首相も幹事長も自分に尽くしてくれた秘書の人格を傷つける起訴や逮捕者にしているのである。こんな説明で国民を納得させようというのか。小沢一郎は自民党時代の角栄や金丸金脈の逮捕劇で「政治資金」については精通し、口うるさかったと言われるほどの人物だ。そういう人物が4億円の金の動きも知らず、自分の資金管理団体の収支報告さえも「把握していなかった」では許されることか? うがった見方をすれば民主党の議員はみんな同じように「秘書任せ」にしているのか聞きたいものだ。

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2010年1月23日 (土)

「抑止力」でどれだけ日本が苦しめられたか

 昨日(22日)の衆議院予算委員会での日本共産党の赤嶺政賢議員の沖縄普天間基地問題をめぐる討論は実に圧巻であり、NHKテレビで視聴したがヤジもなく委員会室が静まり返ってみな耳を傾けていた。生まれも育ちも沖縄である赤嶺議員はまさに「沖縄の心」を代弁して普天間基地の生まれた歴史的経過や、島民への危険な実態、移設先さがしでなく即時無条件返還こそ唯一の解決策であることを明らかにした。テレビの前で何度も何度も「そうだ」とうなった。「普天間基地がつくられた場所には、民家も役所も郵便局も墓地もあり、各集落には黒糖製造所もあった」。そこが「サンフランシスコ条約が締結された1951年以降も、米軍は銃剣とブルドーザーで住民を強制的に排除し、基地をさらに拡張した」と訴える赤嶺議員。赤嶺氏が生まれた那覇市では「水道タンクをつくるといって実際に設置されたのはガソリンタンクだった。米軍は大勢の武装米兵、装甲車、トラックで押し寄せ、座り込む住民を銃剣で殴り、軍靴でけり、頭から毛布をかぶせ追放していった」「沖縄の米軍基地が不法・不当な土地取り上げによってつくられたという認識はあるか」と鳩山首相に質す。また、赤嶺氏が小学校に入学したとき起きた、6歳の少女が嘉手納基地で米兵に暴行され殺されてゴミ捨て場に捨てられた“由美子ちゃん事件”、同じく6年生の時に当時の石川市宮森小学校に戦闘機が墜落し児童を含む17人が死亡した事件などを切々と語り、「米軍による直接統治で県民は虫けらのように扱われてきた。県民は忘れられない悲劇を胸に秘め基地問題を考えている」と、「沖縄は外国」だった当時を振り返る赤嶺氏の訴えは胸をうつ。さらに「だから平和憲法がある日本に復帰したら、当然米軍基地はなくなる、少なくとも縮小されると思った」。しかし72年の本土復帰以降もなにも変わっていない実情を訴え、「政権が代わったいまこそ、約束どおり米軍基地の縮小・撤去に努力すべきでないのか」と声を大にして首相に迫った。首相は「普天間基地は戦争が終らないうちに米軍が接収したもの」とか、「多くの悲劇が米軍基地により起きている現実の話をうかがった。米軍の存在を必要とするなか、どのような解決があるか知恵を絞る」「基地のあり方、将来的に米軍の再編、安保のあり方を考えるべきかというなかで、結論を見出していきたい」などと答弁。赤嶺氏は、基地の移設先として上がっている嘉手納、伊江島、下地島など「たらい回し」を批判し、具体的な理由を示して「沖縄の基地問題の深刻さを理解していない」と迫った。答弁にしゃしゃり出てきた岡田外相は、「確かに沖縄には基地が多いと感じたが、米軍の抑止力によって日本の安全が保たれている」と例によって「抑止力」論だ。テレビの前で聞いていて怒り心頭だ。まるで「抑止力」を履き違えているのではないか。沖縄島民を苦しめるための抑止力ではないのか? 赤嶺氏は「基地のもとで、虫けらのように扱われてきた県民に思いを馳せるべきではないか。抑止力、抑止力というが、これが65年間、沖縄に基地をおしつけてきた論理だ。軍の論理より民の尊厳を大切にすべきだ」と凜とした声で圧倒した。そして、鳩山首相が野党時代の05年7月の衆院本会議で当時の小泉首相に対し「普天間基地の代替施設なき返還をアメリカに求めるべきだ」と指摘したことを上げ、「政権についた今こそこの主張の実行を」迫ったが、やはり「抑止力」のため米軍は日本のどこかに必要という答弁だった。これでは自民党政権時代となにも変わらない。アメリカも大事、沖縄も大事と言うのでは解決できない。いったいどちらの国の首相なのか。安保改定50年で第5条の日米共同作戦が今では「周辺事態」と称して、米軍の戦争に自動的に参戦する仕組みに変質、自衛隊が米軍の支援でイラクやインド洋まで出かけるなど、地球上のどこへでも派兵する段階に入った日本。日本中に基地を提供し、米国が同盟を組む27カ国の駐留経費総額の半分以上年間5千億円もの予算までつけて、「日本防衛」とは無関係な地域まで一体化するアメリカ言いなりそのものだ。沖縄には海外への殴りこみ部隊である米海兵隊が君臨し、沖縄からは絶対に撤退できないから普天間基地撤去の変わりに「辺野古に最新鋭の基地をつくれ」とどう喝しているのが米国である。そのどう喝に主権国家として対等にモノが言えないので「抑止力」という言葉で日本国民を欺いてきたのが歴代政府である。沖縄では本土復帰した1972年以降で米軍関連の犯罪検挙数は5584件、米軍機による事故は487件、本土では半世紀で犯罪等が20万件越し、殺人等による死者は沖縄含めて1084人。まるで「戦時」なみである。こうしたことに「抑止力」で犠牲を強いる政権党も情けないし、日本のメディアも無関心であるのが悲しい。

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2010年1月21日 (木)

日米関係の「無残な対等」ぶりを斬る

 1月19日は日米安保改定50年にあたる日であった。鳩山首相はそれに対する談話を発表した。いわく「日米安保体制は、わが国の安全のみならずアジア太平洋地域の安定と繁栄に大きく貢献してきた」とか、「日米安保体制に基づく米軍の抑止力は、核兵器を持たず軍事大国にならないとしているわが国が、その平和と安全を確保していく上で、自らの防衛力と相まって引き続き大きな役割を果たしていくと考える」だの、「日米安保体制を中核とする日米同盟を21世紀にふさわしい形で深化させるべく、米国政府と共同作業を行い…」などと日米安保を褒めちぎった談話である。そこには首相が最近まで言っていた「対等の関係」などという文言はひと言もない。まさしく「アメリカ言いなり」そのものであった。オバマ米大統領も昨年11月の日米首脳会談で「日米関係はこれまでも対等なパートナーシップであった」と述べた。「抑止力」だの「深化させる」だの「対等なパートナーシップ」だのと美辞麗句づくめである。だがまったく笑いものである。当ブログ昨年12月6日付け「日米同盟は他に類例をみない異常な特質」をもつということを、日本共産党の第25回党大会決議案から引用して、パートナーどころか異常な従属に満ちた同盟であることを紹介した。その党大会が1月13日から四日間開かれ、共産党の志位和夫委員長が決議案をより深める圧巻の報告をインターネット中継で視聴した。志位氏は米軍が米国内ではとうてい許されないことが、在日米軍基地では横行している例をいくつか紹介した。米国では連邦航空法によって民間、軍事にかかわらず、飛行場の滑走路末端から「クリアゾーン」という利用禁止区域を設定し、安全確保のため土地開発が制限され、軍事飛行場では民間飛行場よりも厳しいクリアゾーンの基準を決め建物の制限についても詳細に規定している。そして米国の海外における米軍飛行場においてもクリアゾーンの確保を決めているのである。だが、沖縄・普天間基地ではこのクリアゾーン内に3600人の県民が生活し、住宅800戸、公共施設、保育所、病院が18箇所も存在しているのである。米国の法律で許されない危険な基地が日本なら許されるというのだ。また、日本では空母艦載機などの夜間離着陸訓練が厚木、横田、三沢、岩国、嘉手納などの人口密集地で強行されているのに米国では許されていないこと、また、米軍機による低空飛行訓練が日本では全土で行なわれ国民に多大な被害や墜落などの事故も繰り返されている。日本の航空法では航空機の最低飛行高度を居住地域では300メートル、非居住区では150メートルとしているが、米軍機はこの適用を除外され、空域、高度についてなんの制限もなし、訓練ルートさえ明かされないというのだ。米国はどうか。国防総省が決めた「空域計画地図」「軍事訓練ルート」でしか訓練はできない。訓練ルートの設定も「歴史的建造物や野生生物への影響などの環境評価を行い、軍が連邦航空局に申請して審査をうけ、連邦航空局による住民生活や財産などへの影響の厳格な審査をおこない、連邦航空局が許可するという一連の規制措置がとられて、初めて許可されるという。志位氏いわく「米国では『野生生物』への影響まで事前に調査して訓練ルートへの規制がとられているのに、日本ではなんらの規制もない。日本国民への影響は、米国の『野生生物』よりも、考慮されないという現実が許されていいでしょうか」…これがオバマ大統領の絶賛する「対等なパートナー」である。国内では「対等な立場」を口癖にしながら面と向かっては「対等」さえ言えないのが鳩山首相のリアルな姿である。米国内では野生生物まで大事にするのに、日本の米軍基地周辺をはじめ全土では蛮行を繰り返し、人間さえも人間として見なしていないのである。これではこの半世紀に米兵による殺人が1000人超え、さまざまな犯罪などが併せて20万件を超えるというのも当然だろう。そんな日米同盟が平和と繁栄の「抑止力」だというのが政権交代した鳩山首相も含めて歴代日本の総理大臣の姿である。

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2010年1月18日 (月)

独裁者を前に民主党の自浄能力のなさには呆れる

 まったく民主党という党の自浄能力のなさといったら呆れるしかない。鳩山首相からして死んだ人からまで献金があったかのように装ったのは、贈与税を逃れるためだったのか?実は母親からの巨額の贈与だったのに偽装した。贈与なんて縁のないわたし的には贈与税について少し勉強になった。ややこしい不動産は別として現金の場合1年間で同じ人から贈与してもらった金額が110万円までならもらった人には贈与税がかからない基礎控除となる。110万円以上から1000万円までは段階的に税率が上がる。1000万円以上では50%というのが基本で特例もある。鳩山首相の場合は毎月1500万円というから税額も破格だ。なにやら6億ナンボ払ったという話だ。まあ、母親はブリヂストンタイヤの大株主だから生きているだけでジャンジャン金が入ってくるんだな。総理大臣ともあろうお方がそんな金をもらっていたことを「知らなかった」とかは理解に苦しむし、贈与税の存在自体はいくらなんでも知っているだろうしね。サテ、そんな首相が今度の小沢一郎の疑惑について、検察と「たたかって下さい」と激励したらしい。総理大臣たるものは国という行政府の長である。行政府の長なら検察が公正で厳正な捜査をできるようにする責任がある。にもかかわらず、小沢一郎が「検察と全面対決だ」と言えばそれを激励するような発言とはこれも呆れる。「一方的に肩入れするような軽い姿勢は許されない」「首相と政権党が一丸となってその検察と『対決』するかのような構図は、国民の理解をはるかに超える」(「朝日」社説)のである。当の小沢一郎は「やましいことはない」「不正な金を使っているわけではない」とは言うものの、では土地購入の4億はどうやって作ったのか、なぜわざわざ複雑な会計処理をしているのかという疑問や、胆沢ダム工事受注に際し中堅ゼネコン水谷建設が「同じ時期に1億円を元秘書を通じて渡した」と言明していることにも、ひと言も説明しないで口では「やましいことはない」と言うだけでは国民が信じることはできないし余計に疑惑が深まるだけだ。だからメディアの緊急世論調査でも鳩山内閣の支持率は急降下し完全に5割を切った。そして鳩山首相の疑惑には7割台、小沢一郎の疑惑にも9割前後の国民が「説明責任をはたしていない」と答えているのだ。これが民主党のツートップに対する回答である。そのうえで不思議なのは民主党からは批判の声はツンともスンとも出て来ないことだ。多少の批判をしているのは渡部恒三という長老ぐらいである。みなちょっとでも小沢批判をすればしっぺ返しが怖いのだろう。情けない政党である。だから世論調査でも民主党離れが特に女性や無党派層でなだれを打っているという。小沢一郎は元秘書たちに責任をかぶせて自分だけが「潔白だ」「対決だ」と喚いている。元秘書の一人は「死にたい」と周囲にもらしたという。ネットでは「小沢一郎は誰を闇に葬るのか。怖い人だねえ」というブログさえある。存分に尽くしてくれた秘書たちをかばうこともしない人間が「国民の生活が第一」などと威張っても空しく聞こえる。サッサと出頭してすべてを明らかにして独裁幹事長を辞めることが民主党にとっても喜ばしいことではないか。そうすれば懸案の予算も早期成立するだろに…。

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2010年1月16日 (土)

元秘書ら3人を窮地に追い込み「生活第一」という小沢一郎の白々さ

 ゴルフの石川遼選手(18)や卓球で愛ちゃん超えしたという石川佳純選手(16)などスポーツ界の「石川」さんが華々しい。そこへ降ってわいてチョウ有名になったのが石川知裕とかいう衆議院議員だがこちらは東京地検に逮捕…。ご存知豪腕小沢一郎の元秘書ら3人がパクラレタ。石川氏は「尊敬する小沢先生に心酔・服従し」「先生の命令は絶対」と命を張ったらしい。だが、「尊敬する人」を間違えたようだ。「石川議員の父親は逮捕前日の14日夜、石川議員と電話で話した。石川議員はかなり精神的に弱っており、『政治生命は終った』などと話した。父親は電話を切る間際に『死ぬなよ』と伝えたという」(「朝日」16日付け31面)…。そうなのだ。東京地検は「自殺の恐れ」も考慮しての逮捕劇だったのだろう。これじゃあ、豪腕小沢も豪腕ならぬ殺腕じゃないの?小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」の事務担当者として再三の事情聴取を受けていた石川議員は、「虚偽記載についていろいろ供述してしまった。小沢先生に申し訳なく生きていけない」とうなだれていたというのだから、まあ、気の毒と言えば気の毒である。それというのも小沢氏の命令なくして勝手にできないことを忠実にやったのだったら、最大の責任は小沢氏にある。トットと自分が地検に出頭して秘書を釈放したらどうや小沢よ。だから石川氏はなにもかも誠実にしゃべってしまったらいい。どうせ小沢氏は留置場までくることもないだろうから。36歳で自殺なんて、いくら日本が自殺大国と言っても死ぬ必要はないと言ってあげたいねえ。まあ、小沢一郎と言えばロッキード事件で逮捕投獄された田中角栄元首相や政治資金規正法違反で金塊まで溜め込んで逮捕された金丸信元副総裁などの下で、政治家の金儲けの秘策を熟知した輩だ。今回問題になった土地購入に関する疑惑だけでなく、東京の都心などに10件を超えるマンションや事務所など9億円余の不動産を陸山会の小沢名義で取得し、その資金もどこから得たのかさえ不明なのである。なぜ政治家にそんな不動産なんかが必要なのかわからない。歴史に名を残す過去の政治家は、「私財を投げ打ってでも」国民のための政治に尽くした方々もいるが、現在では政治を利用して裏金を得ようとする連中があまりにも多すぎる。今回の問題でも名目は政治資金規正法違反であっても、深層部分は土地購入資金をめぐってゼネコンからの裏金疑惑が取りざたされているのだ。そこには公共事業を通じて税金の還流という問題を含むのである。さらに新生党、自由党解散時の残金20億円行方不明では政党助成金という正真正銘の国民の税金なのである。また小沢氏は「国民も理解してくれると思う。だから政権を与えてくれたではないか」とのたまったが、これらの疑惑は総選挙後に発覚したものであり、国民が審判したあとで起こった疑惑まで「理解」しようにもできるわけがないのに呆れたことをヌケヌケというこの幹事長の神経こそ理解できない。まったく政治家のモラルハザードは酷すぎるからとことんあきらかにすべきだ。角栄や金丸時代にあやかって、小沢氏は「数が力」とばかりモノは言わなくていいから小沢支持の挙手装置と化したグループを形成する。そのためには中国に142人もの民主党議員を引き連れ、胡錦濤国家主席に行列してツーショットの写真を撮らせ、新年会と称しては166人を私邸に呼びつけ力を誇示しているのだ。それに呼応するかのように民主党内で反小沢とおぼしき連中もゴマすりして近寄っていき、いまや「言論の自由もない、結社の自由もない、まるで徳川時代よりもっと昔にもどった」(民主党・渡部恒三氏、16日付け「朝日」)とさえ言われる所以である。鳩山首相さえ戦々恐々としている様がいかにもマンガチックだ。しかし、こうした小沢哲学もいよいよ国民から見放されるときがきたようだ。「小沢城落城」が見ものである。幹事長続投を決めた首相、社民党や国民新党の情けなさは目に余る。「がんばれ東京地検」と言いたい。「自公政治はもういや、だが民主党もこのていたらくはいや」と思う国民は七月の参院選でどの党を選ぶか真剣に問われるだろう。

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2010年1月14日 (木)

民主党には「自浄能力」はないのか?

 政権党の小沢幹事長が土地購入の疑惑をめぐって政治資金規正法違反の容疑で、政治資金管理団体である「陸山会」の事務所、元秘書で衆議院議員の事務所、それに大手ゼネコン鹿島本社などを東京地検が強制捜査に入ったことはショッキングな事件である。新聞の写真では周囲のだれもがマスクをしていないのに、小沢氏だけが口にチャックならぬ大きなマスクをして「俺はなにもしゃべらんぞ」とばかりに説明責任もなく無言で歩いているのだろう。テレビ画面では「私どもは法にふれることをしたつもりはない。国民の皆さんも理解してくれる」なんていわれても「理解」のしようがない。どうして大手ゼネコン鹿島の本社まで同時ガサ入れなのか。東京地検が鹿島をも対象にしていることは何か関連があるということだ。ひょっとして土地購入代金の約4億円はゼネコンからのウラ献金と睨んでいるのか。いったい4億円はどこから出ているのか。やましいことがないというなら4億円の原資はどこから出たかを証拠も含めて小沢氏がサッサと示し国民の誰もが納得できれば、「理解」もしようが、口にチャックでは「理解」どころではない。時期も時期である。18日から通常国会が始まるというこの時期に強制捜査とは…。小沢氏が任意の事情聴取に応じなければウヤムヤに済むだろうとタカをくくっていたのかも知れない。元秘書の事務担当だった石川某と言う衆院議員は、4億円は小沢氏の資金だったと認めたと言うのに、政治資金収支報告書では、4億円の定期預金を担保に銀行の融資を受けて払ったことになっている。ところが実際に土地代金を払ったのは融資がおりる前に払っていたことがばれちゃった。だとしたら4億円はどこから出たのか? 大手ゼネコン鹿島は長年にわたって東北地方の公共工事談合の仕切り役を務めていたと言われ、岩手県で建設中の胆沢ダムの本体工事を落札。その談合に小沢氏が「天の声」を発していたことは、西松建設偽装献金事件で小沢氏の公設第一秘書である大久保被告の初公判で検察が明らかにしている。小沢氏は東北地方の公共事業のドンと言われる事はすでに有名なことだ。鹿島が強制捜査の対象になったのはこうした理由でさらに事実関係をさぐる意味もあると思われる。政治家たるものは公共工事であろうがなんの事業費であろうが、どこでどんな事業を行なうかは一番先に知ることができる。それを活用してゼネコンなど事業者と結託して談合すれば、業者もおいしい仕事にありつけるし、政治家は献金を戴けるという関係にある。だから、政治家には政治資金規正法という法でもって、自分の政治活動資金の収入はどこからいくらとか、支出はどこへいくらとかを届け出て、自らの政治活動資金を公表し国民の監視をうけなければならないのである。金額の大小にかかわらず、いささかの疑惑であっても説明責任を果たさねばならない義務がある。特に連立政権とは言っても中心の政権党にあって鳩山首相の献金偽装と言い、幹事長のこのていたらくと言い、ツートップがこういう状態では国民からすれば「せっかく政権交代したのになんだ、これは」とソッポむかれるだろう。民主党には公党としての自浄能力があるのかどうか。それとも豪腕幹事長が怖くて誰も何も言えないのか、聞きたいものである。

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2010年1月11日 (月)

さあ、出て来たぞ民主党の消費税増税論

 2010年ももう年頭気分なんてほぼなくなり、街も人々も平常に戻っている感がする今日この頃である。政局を報道するメディアでは鳩山政権の人気度が続落する報道だ。今朝も某テレビで世論調査の結果を報じていた。発足時の80%から53%へ、わずか4ヶ月半ばで27%の下落だって。まあ、最初の100日間は新婚旅行気分のご祝儀とかで「期待」をかけて見ていたのだろうから減るのは時間の問題とは思っていたが、なかなかスピーディな下落振りではある。民主党のなかで「実力があるのは誰か」と聞けば、当然だが小沢氏が80何%で鳩山さんは10%との答え。だが、当の小沢氏は「なんで俺のあら捜しばかりやるんだ」と不機嫌である。それも無理ない。年末年始をはさんでいくつも塊になってきている「カネ問題」なのに説明責任を果たさないからだ。西松マネーの偽装献金⇒陸山会とやらの土地購入に関する疑惑⇒そしてかつて率いていた新生党、自由党が解散したときの残金をめぐる怪も噴出している。政党の実力者がカネに関わってこれほど次々浮上するのもめずらしい。機嫌を悪くする前に説明責任を果たしたらどうだ。民主党の長老である渡部恒三元衆院副議長に言わせれば「政治家がお金に困って土地を売ったという話は随分聞いてきたが、政治資金で土地を買ったという話は生まれてはじめて聞く」そうだ。テレビに登場してのたまうのだから本当なのだろう。しかし、鳩山さんの母からの巨額の献金が何に使われたのかという問題も、小沢氏の数々の疑惑も当人たちにはちっぽけな問題であり、「説明責任」なんて言葉はあの人たちの頭脳にないだろう。そんなことをやってるうちに支持率はあのKYぶりナンバーワンだった麻生さん並になるのもそう遠くなさそう。

ところで先日、各政党の党首にインタビューするテレビ番組があった。民主党を代表して登場したのは菅直人副総理で財務大臣になったばかりだが、やっぱりというか、とんでもないことをついに言い始めた。消費税増税議論である。総選挙で民主党は「4年間は消費税を上げない」と明確に約束していたが、菅氏は「この一年は徹底的に財政を見直す。その上で必要な議論は消費税であろうとやっていく」「議論することはだめだとは言っていない」「逆立ちしても無駄が出なくなったときに、福祉のためになんらかの財源が必要なのかと言う議論だ」と語った。そうらごらん。消費税を議論するときはまるで法で決まっているかのように「福祉のためだ」とまくら言葉が必ずついてくる。いつの世になってもこの言葉で修飾するのだからいやになっちゃう。また、仙谷由人国家戦略・行政刷新担当大臣も別の場所で「社会保障を維持するためには消費税の議論は避けて通れない」とぶったらしい。福祉だの社会保障だのと理屈をつけながら消費税を創設したときも、3%から5%に上げたときもやはり同じ理屈だった。そして消費税が始まって21年、累計で213兆円にもなった。その間大企業などの法人3税の相次ぐ減税、証券優遇税制や研究開発減税などの大幅減税で減った財源は182兆円なのだ。9割方は法人税等の減収の穴埋めにまわされたのである。だから企業全体で400兆円の内部留保があり、そのうち二百兆円は資本金10億以上の大企業でホクホクだ。ここにこそ最大の「埋蔵金」がある。法人税を元に戻せば増税は必要でないのに、「福祉だ」「社会保障だ」と理屈をつけるのは辟易するねえ。菅氏が口火を切って言い出した増税論議は仙谷氏もすぐ飛びつくなど、民主党も自民党とそっくりの消費税増税派になってきたようだ。というよりも来年度予算案のように44兆円も借金で賄うやり方で、軍事費や法人税減税の見直しに手を触れられない民主党では行き着く先は消費増税しかないのである。

 

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2010年1月 9日 (土)

1年ぶりの「同級生通信」発行で故郷への想い

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 約1年ぶりだが、同級生通信「はしらまつ」41号をやっと発行できた(写真)。ある半島の山間部の小さな小中学校を卒業した「78の瞳」すなわち39人で現在まで死亡者3人、途中から音信不通になった2人を除き34人が実年齢での「古稀」ともいうべき年を迎えるにあたって「ひと言」を年末に返信封筒つきで募集していた。締切りまでにちょうど半数の同級生と恩師である先生含め18人の声が集まった。通信はA4版、カラーでプリンターを年賀状印刷のごとくシコシコとまわした。到着順に編集はしていたものの、ここ4日は最終校正や画像の質の調整もしながらかなりの時間を要した。1990年に開いた同窓会がきっかけで全員の住所を関係者で懸命につきとめ交流紙として発行。それが予想外の人気を呼び最初は年に三回くらい、その後は2回と減り、年とともに筆不精も増えてきて最近は年に1回のペースだ。この年代になるとパソコンとかいう文明の利器をこなす人は2割程度である。だから文や写真をメールで来ると編集は楽だが、多くは手書きで写真や絵は実物で送られてくるから画像の取り込みも近くの同級生でスキャナーを持っている仲間の家で作業してもらった。なにやかやと手間がかかるけど小中学校1クラスで九年間通学した仲間だから読んでもらう点では隅から隅まで抜群である。そういう期待があるからこそ20年間で41号まで発行できた。郵送料の切手も時々訴えると必ず協力してくれる。あくまでも任意だから有り合わせの切手から、わざわざシート単位で買った切手や、中には1960年代からの7円、10円、15円、20円など各種の記念切手を買っていた人から「もう、自分では使う機会がないから」と2万数千円分も放出してくれた仲間もいる。インク代が少々いるが、用紙はPC用両面印刷普通紙で安い。封筒は「百均」でがまんする。そういうわけで今回は「古稀記念特集」だから原稿はたくさん集まり過去最多の12ページ建てになった。皆さんがこの70年の人生の一端やら近況、健康法や孫、ひ孫の話、あるいは仕事や趣味の話から失敗談まで多彩である。今号にはある仲間の可愛いフィギュアスケートする孫の写真も入れたがきっと話題を呼ぶだろうと思う。それぞれの生き様については、1956年中卒だから高校に進学した人は少ないが、終戦直後の混乱期を乗り越え、高度経済成長時代の世代ゆえに働き口はそれなりにあった。だから現代のような雇用破壊、失業者増大、「派遣村」の実現などには驚くのが実情だ。概ね「良き時代に生きた」「それなりの時代に生きられてよかった」という感想が結構ある。かなり稼いで今頻繁に海外旅行している仲間もいる。だが商売などしていていま国民年金受給者はその額の低さを嘆き、家族の介護の苦労話の投稿もあった。あと何年生きられるかわからないが将来を憂える声、孫やひ孫が成長する次世代への心配の声もある。10年前の「還暦同窓会」も過半数の仲間で1泊2日の盛大なものとなり、貸し切りバスで母校にも寄って在校生のあたたかい太鼓の歓迎を受け、第○○期卒業生一同と記した柱時計を寄付した。残念ながらその母校は昨年でもって廃校となった。そのムラも半世紀にわたる農政軽視のおかげで過疎化の波をもろに受け、人口は我々が通学時代の20%を切った。65歳以上が63%でムラ全体がいわゆる「限界集落」だ。それでも同級生仲間にとってはいつまでも「心のふるさと」でありつづけるのである。今年開く「古稀同窓会」で果たしてどれだけ集まり、どんな内容になるか、期待が高まる。

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2010年1月 4日 (月)

新年雑感/同級生通信、年賀状、ゴミ収集まで

 明けましておめでとうございます。人並みながらご挨拶です。どこかへ行っていたわけでもなく基本的に巣ごもり正月である。年金生活者には込み合う正月より平素の方が動きやすい。とは言ってもそれは強がりでホンネは動けば出費がかさむだけだから。侘しいなあ。それでも平素はなかなか胃に届かない少し高級なカニやら黒毛和牛、刺身などで胃もちょっと驚いているかなあ。だから朝から酒ざんまいであったからブログも書けなかった。それもさることながら、このブログの表題である同級生通信で先月から「古稀記念文集」のお願いをしていたら、年末から少しづつ届き、到着順に編集しはじめていたこともあり、少し多忙だったのである。70歳入りを前にした人生を短い文章に表し、今だから言える秘話やら、不景気の話、足腰の弱りを嘆くもの、少ない年金への悩みなどが多く、しかし中には海外旅行ぶりをたくさんの写真つきでの投稿もある。明日の投函を締め切りにしているのでまだ届くだろうと楽しみである。    A4版の紙面でどうやら10ページ超えるかもしれない。10ヶ月ぶりの発行、大わらわで編集、印刷、発送作業にここ数日忙しい。  

戴いた年賀状を見ていると、「親政権のもと多くの政治課題を山積したままの年明けになりました」とか、「どうやら『コンクリートから人へ』は無理のようですね。言葉に惑わされないようにしたいものです」との添え書きもある。さらに「本当に民主的政治に転換できるかどうかは、これからの国民のたたかいにかかっていると思います」との声も。ともあれ新政権への期待がはずれるのではないかという危惧の声だろう。私の年賀状も「話題沸騰の新政権もなにやら怪しげなことが多すぎます」と一言を入れていたのでマッチするかなと思った。また、ある私の尊敬する90歳の方、年賀状の末尾に「私事長らくご交誼を賜りましたが、本年をもちまして、年頭のご挨拶を失礼致したく存じます。何卒あしからずご了承のほどお願い申し上げます」とあった。わたし的に年末に郵政民営化に伴って日本のお国が作ってきた伝統文化である年賀状が、一私企業の儲けに利用されることについて異論を書いたものであるが、この方の場合はおそらく高齢ゆえのことだろうと察したが、わたし的に近い将来に年賀状と決別する際には、こういう宣言をして終りたいなあとも感じた次第である。

ところで今日は新年初のゴミ収集日であることを思い出し8時前のギリギリに飛び起きゴミを集めた。31日も収集日で収集場所に行くといつもの倍以上の山積みになっていた。これは分かる。やはり年末ギリギリに大掃除とか、そこまで行かなくても可能なゴミを出すからである。月曜、木曜が定例だから、「多分、正月はあちこちに歩いたりしているだろうから今日は少ないのでは」と思ったが、ナント31日と同じくらいのゴミの山だったのに少し驚く。ご近所の皆さんも家庭で巣篭もりして美味しいものをどっさり食べたりした形跡なのか?なんてことを勝手に推測した次第である。そして恒例の散歩に出動すると初出勤で車の数もまた増えていた。お粗末な新年の雑感でした。                  

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