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2010年1月27日 (水)

民主党と鳩山首相のウソツキは子どもの教育にも悪い

 鳩山首相のコロコロ変わるウソツキ発言はまるで駄々っ子の子どもみたいだ。これでは日本の子どもの教育にとってもよろしくない。まずは、沖縄の名護市長選結果についてだ。昨年から普天間基地の移設先さがしで迷走しているときの11月14日、首相は「1月には名護市長選もある。その結果によっては方向性を見定めて行く」とはっきり語った。さらに市長選が近づいた1月15日でさえ、「名護の思いも斟酌しながら結論を」とした。それが選挙と言う民意の結論が出たとたん、基地の移設先は「国が決める」「ゼロベースで」「民意はひとつの表れだが斟酌はしない」と180度方向転換。ウソツキの典型みたいな話ではないか。沖縄のみならず本土の世論も、また与野党からも批判が相次いでいる。沖縄県民を馬鹿にしたような対応である。「斟酌しない」と最初に言ったのは平野官房長官ではなかったか?官房長官が口火を切ったのを見て同じ事を言い出した。マニフェスト関連では総選挙でも争点の一つになった後期高齢者医療制度については、08年2月に当時の民主党も含む野党4党で「元の老人保険制度に戻す法案」を参院で可決した。「すぐ廃止だ」と言いながら政権をとると「廃止は4年後に」とあっさり先送りした。また、総選挙の最中に「秘書が起こした不祥事は政治家の責任だ。もし私にそういうことが起こった場合はバッジをはずす」という主旨のことを街頭で大きな声で演説していたことも覚えている。いま問題になっている首相の献金偽装問題で、二人の秘書が在宅起訴という事態になったら、そんな言葉はどこへ消え去ったのか…。自らのバッジをはずすどころか、二人の秘書のうち一人は今も解雇もせず私設秘書に居座っていることを昨日の参院予算委で明らかにした。母からの資金提供総額も発覚した日すらも覚えていないことも暴露した。10何億という母からの資金はいったい何に使ったのかは国民の目線から公開を求められても、「公判が終ってから」と逃げる。ことの重大さも責任もまるで自覚していない。消費税増税問題でも選挙中は「4年間は消費税増税の必要はまるでない」と公約しながら、同じく昨日の参院予算委で「社会保障の未来を考えていくときに議論をするべきこと」と答え、自民党の質問者から歓迎された。基地、献金、経済の3Kで苦境に立つ鳩山首相だが、クルクルと軽~く平気で信念を変えるような首相では困るよねえ。国民はどの言葉を信じたらいいのか。だいたい基地問題一つとってもアメリカにも沖縄にも「いい顔」しょうと言う「八方美人」的だからクルクル変わるのは当然だ。絶対に両立できる問題ではなく、アメリカが銃剣でおどし、鉄条網で囲って一方的に接収した普天間基地を無条件で返せというのがもっとも筋が通っているのだが、それを言えない臆病さには驚く。これでは5月末になっても解決しようがない。結局は普天間基地の温存で宜野湾市民の苦しみを続けるか、名護市民の民意を踏みにじるかの道しか残らない。このままでは90年代の非自民政権の細川首相や、テロ特措法の再延長で行き詰った安倍首相のように無責任な「政権投げ出し」の可能性が濃くなってきたような気がする。それとも頑張りぬいて政治を前向きに進めるかいよいよ鳩山内閣の正念場だ。今ならまだ間に合うから、「米軍基地はいらない」ときっぱり米国と交渉し、張子のトラみたいな小沢問題も先が見えてきたのだからいつまでも擁護しないで政治生命をかけて頑張りぬくときではないか。それが民主党を支持した国民に応える道だし、そうでなければ民主党も国民から見放されるだろう。

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