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2010年3月15日 (月)

「核密約」に関する有識者委員会報告の虚ろさ

 日本と米国の間に「核密約」や「沖縄返還時の密約」など4件の存在があったかどうか調査する外務省の「有識者委員会」なるものの報告書が公表された。「有識者」とは広辞苑によれば「その分野に精通し見識が高い人」とある。なるほど座長は東大教授らしいが他のメンバーは知らない。4件のなかでも最大の焦点は「核密約」である。有識者の先生方の調査で密約の文書は存在したと言いつつ、肝心カナメの問題では「暗黙の合意」であって「明確な合意はなかった」と言いながら、一方では「核搭載艦船が事前協議なしに寄港することを事実上黙認した」。国民にたいし「明白な嘘をつき続けた」とも述べている。若干、「言語明瞭、意味不明」な感じもする。日米核密約は、日本に寄港や飛来する米艦船や軍用機が核兵器を搭載していても、安保条約第6条の「事前協議」の対象外としてアメリカに認めたのではないかと1970年代から疑惑の目で見られていた。そのたびに歴代政府は「密約はない」と否定し続けてきた。2000年の国会で共産党の不破哲三委員長(当時)が1960年に当時の藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日米大使が署名した密約の公式文書一つである「討議記録」を示して追及し「密約」の存在が現実味を持つようになった。それでも政府は否定した。今回の有識者の調査でその「討議記録」の存在も認めた。しかし、有識者報告では「討議記録」だけでは「核持ち込みの事前協議に例外を設ける了解と見ることは難しい」「日米両国間には、核搭載艦の事前協議の対象外か否かにつき明確な合意はない」と「討議記録」が核持ち込みの密約だったことを否定したのである。だが、「討議記録」の2条C項には「『事前協議』は、合衆国軍隊とその装備の日本への配置、合衆国軍用機の飛来(エントリー)、合衆国艦船の日本領海や港湾への立ち入りに関する現行の手続きに影響を与えるものとは解されない」と明記されている。「現行の手続き」のままで進むとは、それまで慣行とされてきた米軍の自由勝手な核持ち込みを認めると言うことだ。これこそ「事前協議の対象としない」という明確な合意ではないか。こんなに明確な合意を有識者たる皆さんは否定したわけだ。「討議記録」こそ明白な密約そのものなのだ。1959520日に成立した。その直前にマッカーサー駐日米大使と会談した当時の山田久就外務事務次官は8110月に艦船などの通過や寄港が事前協議の対象外だったと「はっきり言っていい」とインタビューで証言していることも言われている。有識者報告ではこれを否定しながら「核搭載艦が事前協議なしに事実上黙認した」と言うのでは矛盾が起こる。なぜそんなことにしたのか。おそらく、密約があったとすれば日本は歴代政府が確認してきた非核三原則(作らず・持たず・持ち込ませずの原則)に反するので密約を廃棄しなければならずアメリカとの交渉が必要だ。そうなったらアメリカのご機嫌を損なうのが怖いからではないか。日米同盟の深追いはしたくないから、「討議記録」を「広義の密約」だとか、事前協議なしの核持ち込みを「暗黙の合意」だとかで誤魔化したのが有識者諸先生方の報告である。歴史を偽造し米国に従属する屈辱的報告だ。岡田外相は今後アメリカに対しても「なにもするつもりはない」とか、「91年以降、米国は艦船への核搭載をやめている」と見てきたかのような一方的に鵜呑みする会見だ。そして有識者報告に対する「政府見解」も出さないとしている。有識者に丸投げして結果について政府の立場も表明しないと言うきわめて無責任な対応である。有識者の報告で放置して置く方がアメリカからとやかく言われても、「あれは政府見解でなない」と言い逃れやすくしておきたいのだろう。まあ、しかし長年に渡って横須賀港などに核搭載艦船が何度も何度も寄港したことはハッキリした。テレビでは「非核三原則ではなく、非核2.5原則だ」なんていう話もあった。鳩山首相は「非核三原則をまもる」というが、わたし的には実態はすでに「非核2原則」にしかならないと言いたい今日この頃だ。

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