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2010年4月28日 (水)

市民の目線はやはり小沢幹事長の「強制起訴」へ

 検察庁が「不起訴」とした民主党小沢一郎幹事長の土地購入事件で東京都の市民団体から政治資金規正法違反罪で告発され、有権者から無作為のくじ引きで選ばれ検察審査会が2ヶ月にわたって審査をしてきたが、その結果、検察の不起訴はひっくり返され「起訴相当」と議決された。これで特捜部は再捜査することになった。検察庁が3ヶ月以内に結論を出さなかったり、不起訴にした場合は再度検察審査会が開かれ、2度とも「起訴相当」となった場合は強制的に起訴される。鳩山首相のママからの故人献金は同じように検察審査会にかかったが1回目にして「不起訴相当」となり、法的には終幕を迎えたが政治的・道義的責任は残る。しかし、小沢一郎の場合は、検察の不起訴自体に国民の批判が高かったものであり世論調査から見ても全く信用されていない。市民目線での審査だからこそ「起訴相当」議決だと言える。一昨日だったか小沢は「検察で不起訴になったんだから検察審査会でも冷静に判断してほしい」などと、脅しとも取れるようなことを記者会見で言ったが、どこまでも傲慢である。彼の場合は元秘書だった者が3人とも起訴されているのである。3人も起訴されながら「俺は知らなかった」「関知していない」ということがあろうはずもない。土地代金の4億円を収入として政治資金収支報告書に記載しなかったことが問われているが、4億円ものカネを小沢の知らぬところで秘書だけで取り扱うようなことは国民の目線から見て到底信じられない。とりわけ、こわもての豪腕、小沢なのことだから秘書がナイショでことをすますなんてことは考えられない。検察審査会はくじで当たった11人の審査員という、構成でいわば国民目線の審査機関である。「起訴相当」は11人の全員の議決だったというから重い審査結果である。先日も紹介したが、強制起訴されたのは、兵庫県明石市歩道橋事故での明石警察署副署長と、JR西日本の福知山線事故で歴代の3社長の2例である。小沢一郎の場合は3ヶ月以内に結論をださなければならないから参議院選挙直後くらいになるだろうが、民主党にとってはまたまた逆風の火種になりそう。普天間基地問題では「わしゃあ、関知しない」とか、高速道路無料化問題ではツルの一声で国交相とトラぶってみたりとか、小沢という男は政党運営のイロハも知らないような男で自分の意思で難題には知らん顔し、気に入らないことには一喝する勝手気ままだ。だが、こんな輩を幹事長に押したのは民主党自身だからだれも怖くてモノが言えないどこかの国みたいな独裁国家なみである。「起訴相当」の議決にも「与えられた仕事に全力尽くすだけ」と開き直っているが、いよいよ「強制起訴」への5合目となったからには年貢の納め時かもしれないねえ。よそごとながら注目していこう。

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2010年4月26日 (月)

すっごい沖縄県民の歴史を動かす力

 すーごい大集会だなあ!大会が終了してもなお司会者が、「いまも渋滞のなか、たくさんの人が会場にむかっています」と紹介したというのだから驚きだ。正式な名称は「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、海外・県外移設を求める県民大会」である。大会開始の3時間も前から車やバスで全島から駆けつけるのだから渋滞もやむをえない。地元新聞で「会場に入れなかった人は1万人くらいある」とのことだからものすごい集会にちがいない。主催者発表は9万人で過去最大の規模だと言う。地元のNHK,民放テレビも実況し、ネットで世界に向けて動画も配信されたらしい。「沖縄に基地はいらない」「美ら海に基地はいらない」という一致点で沖縄じゅうの心が一つになった。大会は超党派で知事も41市町村の首長も全員参加した。テレビで断片的に報道される参加者の声も「日本にある基地の74%も集中しているのは不公平だ」「65年も苦しんできた。新基地なんて断固反対」「沖縄を差別するな」「オバマ、鳩山両政府は恥を知れ」「これ以上の基地による苦しみはがまんならない」などと、もはや沖縄の怒りは限界点である。その怒りがマグマのように噴出したわけである。さりとて県外移設として対象にされた鹿児島県徳之島でも先週の日曜日、全島民の6割が参加する反対集会が行なわれた。徳之島はもちろん本土のどこに移設しようとしてもどこでも拒否されるのは自明のこと。「日本を守る米軍」どころか、事故や騒音の危険をはじめ無数の殺人・強盗・婦女暴行・ひき逃げ事件などを犯す野蛮な部隊を受け入れる地域なんてないのが当然の話。アメリカには意見の一つも言えないで移設先探しで迷走・逆走する鳩山首相。この日本政府も情けない。大会決議には、「私たち沖縄県民は、県民の生命・財産・生活環境を守る立場から、日米両政府が普天間飛行場を早期に閉鎖・返還するとともに、県内移設を断念し、国外・県外に移設されるよう強く求めるものです」とある。これが沖縄県民の総意である。キッパリと「日米両政府」に求めているのだ。そのことが昨日の大会で世界に発信されたのだから、アメリカ政府だって非常に都合が悪いだろう。ここまでアメリカ政府と米軍が嫌われていることを発信したのだから、世界の世論は、「なぜ、アメリカは嫌われるような悪事を働いているのか」と話題になるし、世間的に恥を掻いているわけだ。アメリカの領土でないところに、戦争による人殺しを専門とする海兵隊を送り込んでいるという時代遅れなことをしているのか?そのことが世界中で話題になるだろう。決してアメリカにとっても得策なことはない。戦後も27年間、名実ともに占領していたが、返還後38年、未だにそのときと変わらないということを世界に示した。移設先についてアメリカは「地元の合意を必要とする」ことを条件にしているのもそうした批判がアメリカにとっても都合が悪いから条件にしているわけだ。だが、人殺しはするわ、盗人もするわ、ひき逃げもするわ、沖縄を拠点に海外に殴りこみをするわ、ヘリ墜落やら会話も出来ないような爆音を撒き散らすわ、というような部隊が来てほしいというようなところは日本にはどこにもない。それが憲法9条で戦争を放棄した崇高な人間らしい人間の住む日本列島なのである。「抑止力」の呪文に縛られた人間性を疑うような部隊はいらない。このことをもっと本土の人々も理解し、メディアもそういう立場に立って報道するべきだ。それが時代の求める最高の流れだ。「沖縄の苦しみはよくわかる」「不幸で可哀想」などと同情する程度の立場ではだめだ。そんな息吹を感じた感動的な県民大会であった。あの手、この手で沖縄県民の世論を“抑止”しようとしても、抑えらないほど歴史を動かす力を持った沖縄県民に敬意を表し、鳩山首相とオバマ大統領が英断を下すべきときだと思った。

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2010年4月24日 (土)

検察審査会の「強制起訴」は国民の目線

 JR西日本の福知山線の脱線事故で106人死亡し、500人近くが負傷した大事故は2005年4月25日だった。明日で丸5年になる。なんの落ち度もない600人超える乗客の死傷事故である。この事件で前社長の山崎正夫被告は起訴されているが、事故防止すべき経過を知る立場にあった歴代の社長3人について神戸地検は不起訴とした。そこで登場するのが検察の判断が適正かどうかを審査する検察審査会。これまでは検察をしばる権限がなかった。そこで検察審査法が昨年5月に改定され、不起訴を「起訴相当」と2度決定されれば、裁判所が指定する弁護士によって強制的に起訴されるように改定された。JR西の歴代3社長はこの改定審査会法によって強制起訴された。3人は当時、社長やJR西日本の幹部であり、1996年に事故現場のカーブの半径を半分にしたり、その翌年にはダイヤ改定で福知山線の快速電車の本数を増やして、運転手は定刻運転を強いられるようになった。しかも急カーブになったにもかかわらず自動列車停止装置(ATS)の設置を指示しなかったことが脱線事故を起こしたとして、業務上過失致死傷罪で在宅起訴されたというものである。3人のうち一人は事故後に退任し、二人は相談役や取締役を経た後、07年に退任しているがともに事故を予見できる立場にあった者と見られたわけだ。また、JR西は、国交省の「航空・鉄道事故調査委員会」による事故報告書案を公表前に不当に入手するなど、遺族の怒りを呼ぶような行為も行なっていた。利潤第一で過密ダイヤを組む過酷な労務規律で、少しでも電車が遅れるとスピードを上げざるを得ないようなシステムだったことなどが批判を呼んだ。裁判で明らかにするうえでも起訴は当然だろう。起訴されたことで決着は裁判所にゆだねられる。法が変わって「強制起訴」されるというのは2例目だという。1例目は同じ兵庫県明石市で2001年に歩道橋でおきた死傷事故で、元県警明石署副署長が起訴された。遺族らが検察審査会に申し立て、検察の不起訴が覆って強制起訴となった。犯罪の疑いがあっても検察だけの判断で不起訴になる場合だってあるわけだから、この法改定はいわば国民目線による判断として意義がある。というのは、この検察審査会とは、有権者の中から、くじ引きで選定された11人が議論して起訴にすべきという人が6人以上で「不起訴不当」となり、8人以上で「起訴相当」となる。政界にかかわる事件でも、あの民主党の小沢一郎の政治資金規正法違反事件でも検察が不起訴処分にしたが、これも現在検察審査会にかかっている。「不起訴だったから私は潔白だ」と胸張っている小沢一郎だが検察審査会で見直されたらどうするか注目だ。鳩山首相のママからの12億とかいう巨額の贈与を「故人」献金だと偽った事件でも起訴されたのは秘書だけ。検察の結果がでたらすべて公表すると約束しながら、その日がくると「プライバシーに関わる問題だから公開する必要なし」とダンマリを決め込んで平気である。この人のウソつきを治す薬はないものかなあ。これもいずれ検察審査会に申し立てられる可能性が大ではないだろうか。プライバシーで12億ももらえる人はホントうらやましいねえ。余談だが、お爺さんが“大物”首相でその孫が総理になった例は4件、細川さん9ヶ月、安倍さんと麻生さんはともに1年足らずで失脚。鳩山さんも例外ではないかもねえ…。

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2010年4月22日 (木)

首相官邸の機能はどうなっているのか

昨日、普天間問題で鳩山首相と自公の党首討論があった。どうせ低次元の討論だろうと見向きもしていなかった。報道を見る限りでは、谷垣自民党総裁は冒頭からアメリカのワシントンポスト紙で鳩山首相を「不運で愚か者」とか叩かれたことを取り上げたようだ。それに対して首相は「たしかに愚かな総理かもしれません」などと応酬したというが、まったく日本の二大政党の党首の討論にしてはレベルが低すぎる。そもそも名護市のキャンプシュワブ沿岸部に移設すると決めたのが自公政権である。それがいま沖縄県民の怒りを呼び、政権交代で「沖縄の負担軽減を」と鳩山首相が「国外、県外へ」と公約し迷走しているのである。自公政権が名護市と決めてのちも名護市長選挙では基地に反対の市長が当選するなど沖縄県民の世論が大きく変化している。にもかかわらず谷垣氏も鳩山首相もあの野蛮で海外への殴りこみ部隊である米海兵隊を「日本を守る抑止力」と思い込んでいるのだから似たり寄ったりである。そんなもの同士の討論だから、低レベルで選挙目当てに互いの弱点や言葉尻を捉えて「やっつけてやろう」という魂胆がミエミエの討論しかできない。沖縄の住民を無視した、なに一つ前向きな議論にもならないのは当たりまえ。「普天間基地は撤去しかない」という県民の声にはまったく耳をかさない者同士である。「基地はいらない」というのはなにも沖縄だけでなく、徳之島でも人口の6割が反対集会に集まるほど燃え上がっているのに時代錯誤の党首討論もはなはだしい。自民も民主も瓦解している足元を見ることなく、旧態依然の党利党略で政治を後へ引き戻すことしか考えていない。徳之島の大集会後、慌てた首相官邸は、官房副長官が徳之島の3つの町長さんに「平野官房長官に逢ってくれ」と電話をかけて、3人の町長さんから「逢わない、徳之島の民意は決まっている。命を懸けて基地反対でやる」とキッパリ断られた。徳之島の名前が取り沙汰されて間もなく官房長官に逢いに行ったが「徳之島の名前なんか上がっていない」と冷たく言われたそうで、「あんな失礼な官房長官に逢う気はない」とも語った。いったい官邸の機能はどうなっているのか。平野官房長官は副官房長官に電話せよと指示したことは認めているが、首相には事後報告らしい。トップの了解がないはずないと思うが、そうだとしたら首相官邸の統率がとれていない証だ。さて、徳之島に続いて次の日曜日(25日)は沖縄読谷村で10万人の県民大会が予定されている。平野官房長官は20日、沖縄の仲井真知事と電話会談し、この県民大会に出席しないよう働きかけたという報道もある。これにたいして、民主党の沖縄県連代表の喜納昌吉参院議員が「沖縄県民にたいして歴史的侮辱だ。もしそういう事実があるなら、内閣を早く改造してほしい」と会見で述べた。そして官房長官交代まで求めたという。総選挙で沖縄選出国会議員は自民党が全滅しているが、比例区も含めて沖縄選出と出身の民主、共産、社民、無所属の6議員が4月25日の県民大会成功へアピールを出した。一人だけ変わり者がいる。それは国民新党の下地幹郎衆院議員だ。ホームページで沖縄の基地撤去を「叫べば叫ぶほどアメリカ側が不信感を募らせる」と、沖縄選出国会議員の資格が問われるような態度である。この人、沖縄の住民よりアメリカの方が大事なのである。首相が迷走しても沖縄の民主党議員は4・25大会に賛同し、平野官房長官の交代まで求める勇気ある行動をとっているのだ。25日の県民大会は歴史上かつてない集会になるだろう。本土の自覚的民主勢力も各地で呼応した集会や学習会などを準備している。普天間問題はいまやたんなる沖縄の問題ではなく安保や基地をめぐる日本の将来がかかる重要問題となってきた。

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2010年4月20日 (火)

3新党の中身は古い自民党政治の復活

 参院選向けて新党乱立の傾向である。17年前の93年に自民対非自民で総選挙が闘われた時も自民党を離党した羽田派が新生党を、同じく武村派が新党さきがけを、そして熊本県知事を務めた細川護煕氏が前年に日本新党をそれぞれ結成した。この新党3党で93年7月の総選挙で100議席を獲得したのだから「新党ブーム」に沸いたのも確かだ。政権構成にあたって新生党の代表幹事小沢一郎と公明党書記長の市川雄一の「一・一ライン」が動き、社会党、公明党、民社党、社民連、民主改革連合(議席は参院のみ)の5党派と3新党の八会派で細川護煕内閣が誕生した。細川護煕氏は元首相で公爵の近衛文麿の孫という国民受けすることで首班指名された。孫と言えば現在の鳩山首相も元首相の孫である。細川内閣はなにをしたのか。名だたる実績は「政治改革」と称して衆議院に小選挙区制を導入、国民の税金を政党で山分けする「政党助成金」導入という二つだけである。多数の民意を削ってしまう小選挙区制と、政党助成金をもらいながら今日のような「政治とカネ」問題が終っていないのだから、このときの「新党ブーム」は将来に大きな禍根を残した。結局最後は消費税を当時の3%から7%に上げるため「国民福祉税」と名称を変えて提案しようとして国民の批判を食らって頓挫し、9ヶ月足らずの94年4月に細川首相が辞意表明し総辞職。ちなみにこのときの8政党(会派)で現在も名前が残っているのは公明党だけである。他はみな雲散霧消している。さて、現在の新党はこのときの「ブーム」の再来を夢見ているかも知れない。「みんなの党」「たちあがれ日本」「日本創新党」が、いずれも「日本が危ない」と似たようなことを言い「第3極めざす」と喧しい。創新党は国会議員がいないが、「たちがれ」と「みんな」の中心メンバーはいずれも「危ない日本」にしてきた自民党からの離党組の張本人ばかりだ。なんの反省もなく、ただ、ただ、泥船の自民党から脱出して自分の身を守ろうと言う保身主義者なのだから笑わせる。「みんな」は国民のみんなからみたら傍迷惑な名前で、メディアが期待する新党騒ぎに乗って持てはやされているが、この党の代表者こそ、貧困と格差を広げた「小泉改革」を「中途半端に終った」と、もっともっと構造改革を進めなければならないと言うのである。「公務員大幅削減、国会議員定数削減」を謳うが、じつはこれは、住民サービスを低下させ、強権国家をめざすものにほかならず、議員削減で広範な民意をさらに削ってしまう。また、消費税増税も示唆している。普天間基地問題では自ら自民党時代に名護市移設を決めておきながら「鳩山さんのお手並み拝見」と無責任このうえない。「たちあがれ」は、自民党の中でももっとも自民党らしい人の集団だ。「現在の日本はあっと言う間に没落する」と公言するが本人たちが先に没落するのではないかと思われるシニア党である。国民の暮らしなどどこ吹く風で雇用はさらに規制緩和し、執念燃やすのは改憲と消費税増税を綱領や結党宣言で述べている。戦争を肯定する靖国神社崇拝の国会議員の会長も名を連ねる恐ろしい集団だ。現職首長、首長経験者で結成した「創新」は、「日本は3年後に財政破たんする」と言いながら、財界が目論む法人税引き下げや、道州制の導入は自民党と同じ。公立保育園の民営化を自慢し、国と地方の公務員を3分の2に減らすという住民サービス低下では「みんなの党」と同じだ。こうして見ると3新党とも古い自民党政治そのままである。飽きられた二大政党を含めて新党も、日本の危機の根源である、普天間基地で象徴されるようにアメリカいいなりと、財界・大企業の横暴な支配には目をつぶるだけである。日本の危機の根っ子であるこの二つの異常にモノいえるのは共産党しかいない。「民主に裏切られた」「自民には戻りたくない」という方は真の受け皿である共産党を大きくしましょう。93年の「新党ブーム」を繰り返さないために。

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2010年4月19日 (月)

徳之島の基地反対集会に1万5千人、すっごいパワーだ

 鹿児島県の南端の島が揺れた。鳩山首相が沖縄普天間基地のヘリ部隊の移設予定地にしている島である。人口は3町合わせて約2万6000人で1万5000人の島民が一箇所に集まり、心一つに「米軍基地はいらない」と叫んだのである。すごいパワーである。しんぶん赤旗の一面を飾る大きな写真はまさに人・人・人である。人々が自覚的に参加した証と思われる手書きのプラカードの多いこと。むろんパソコン文字もあるけれど、あきらかに手書き、手作りと思われるプラカードに「長寿と子宝の島、基地はいらん」と大きな文字。そう、世界一の長寿男性が住んでいた島であるし、子どもの出産でも日本有数の多い島である。「人情の島、基地ダメ」とか、「米軍基地は断固反対」「米軍基地は子や孫に残さない」、「みんなで守るぞ徳之島」など自分の思いをつづっている。集会開始1時間も前から人が押し寄せ、20分前に6000人、10分前に8000人、開始時間の11時には1万人を確認したという。正午前には実行委員会が準備したチラシ1万3000枚がなくなったという。人口の約6割だ。東京の人口に置き換えると700万から800万になるらしい。3人の町長が「基地反対」の大きなハチマキ姿で会見する写真もある。基地が来れば「先祖が残した伝統・文化がすべて壊される」と語ったのは伊仙町の元町議会議長。「日米安保廃棄ののろしをあげる集会だ」と、そもそも移設問題の根っこにある安保条約にまで怒りを示すというのだからすばらしい。徳之島は鳩山内閣のおかげ?で最近テレビでもよく画像を見る。なんでも「政争の町」とかで自民党の国会議員同士が選挙戦をめぐって警察まで出動するほどの骨肉の騒動になった町もあるとか言ってたけど、自民党も民主党もほとんどの政党が言えない「基地はいらない」という一点でここまで高まっているというのは全く凄い話である。鹿児島市よりはるかに沖縄に近い島だけに米軍の無法さを良く知っているのだろう。「米軍が来たら治安と騒音が心配。土地が強制執行で取られると聞く。基地は絶対反対」と農家の女性の話もある。鳩山内閣・防衛省などは徳之島を金で買おうとしているのか、「基地振興に米軍基地が有効」など、基地を受け入れれば振興策として巨額の国費をエサに釣っているのかも知れない。集会の決議文にはそうした一節もある。「『基地振興に米軍基地が有効』という声がありますが、この10年間、振興策として600億円も投入されてきた名護市では、逆に市債残高が増加し、失業者の増加、法人税の減収など市の経済は困難をきたしています」と決議文で反撃している。米軍による事故、騒音に加え、米兵による殺人、強盗、婦女暴行などの犯罪まで国のカネで移設地へ負担させようという悪どいやり方だ。そんなことも見抜いて立ち上がっている徳之島住民のパワーには敬意を表する。鳩山首相はそれでもアメリカを優先し住民を見殺しにするのか。首相のことをアメリカの大新聞でもボロクソに舐められているのだから開きなって「普天間基地は撤去だ」と言えばいいのに根性がない。徳之島集会で決意表明に立った女子高校生、鳩山首相とオバマ大統領へ用意した手紙を朗読したそうだ。その一節に「どうかこの平和な島を、そしてこの豊かな自然あふれる島を、そして人々のきずなをこわさないでください。最後に私たちの徳之島の未来をこわさないでください」と。この手紙が鳩山首相とオバマ大統領が読めば、人間として判断できるか、それとも動物ごとき判断かが問われるだろう。

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2010年4月16日 (金)

「民主党にがっかり」から今や怒りの声も

 7月の参院選へ向け政党状況は流動化し、「公約破りの民主党には失望」「さりとて自民党に戻るのはイヤ」という流れが急速にすすみ、新しい政治を進めるのはどの党かという国民的模索が始まっている。自公政治に「さよなら」して民主党政権になっただけに期待が大きかった分、肝心カナメの問題で裏切りが続いているから、その反動はいまや「怒り」にさえなっている。後期高齢者医療制度は「即廃止」と言ったのに、3年も先送りで代案では「75歳以上」を「65歳」に引き下げると言うのだから高齢者は一様に怒っている。貧困と格差を広げる労働者派遣法の「見直し」は財界の圧力で抜け穴だらけのとても「見直し」どころではない案である。普天間基地は「撤去」をひと言も言えず移設先探しで迷走、「5月末決着」だけが虚ろに一人歩き。沖縄の基地強化案を引っさげてオバマ大統領から「きちんと責任を取れるのか」と詰められ、「5月末までにきちんとする」と言ったとか。だが日本中の圧倒的多数は信じないだろう。それどころか鳩山首相辞任で「6月内閣改造」説もある。日米核密約問題で「討論記録」と言うれっきとした証拠の存在を認めながら、それでも「密約はなかった」とうそぶく始末。「非核三原則」どころか「二原則」である。政治とカネでは首相も幹事長も北教組もみ~んな「ほうかぶり」をしたままだ。これでは、期待⇒失望⇒怒りへと変わるのはあたりまえだ。最近、知人との会話で聞いた話だが、ある県の去年初当選した民主党衆院議員が地域のお花見会に来ていた。宴会をしていた男性集団から「あれはどうなった」「この問題は…」と次々と質問が出されたがなにもまともに答えられず、とうとう本人は「民主党はどうでもいいので私○○をよろしく」と言って、女性集団の方へ逃げて行ったという。まあ、民主党の1年生議員はその程度の人がいても不思議ではない。ちょっと名の知れた人や、特定の運動団体の人などをかき集めた候補者が多いからだ。「政権交代」を叫ぶだけで風を呼んだのだから。こうした不勉強ぶりの典型例がある。ある新聞に報道されたが、4月7日、日弁連の主催で労働者派遣法「改正」案の問題点を正す「院内緊急集会」が開かれた。出席した民主党議員は「先日、弁護士会の方から資料を頂戴して、これを見て本当に皆さんにあわせる顔がないという心境です。こういう問題点があるのかということで正直言ってショックを受けました」、「本当に穴があったら入りたい気持ちです。ごめんなさい。すみません」と述べたとある。つづいて共産党の議員からは、「政府案の抜け穴をふさいで本物の改正を」とうとうと述べ大きな拍手だったという記事である。片や「穴があったら入りたい」、片や「抜け穴をふせげ」…笑い話じゃないが笑いたくなるようなことである。にわか仕立ての候補者や、小沢一郎好みの女性タレントなどをひっぱりだし、即入党、「民主党○○選挙区支部長」などと肩書きをもらう候補も多いはず。対する共産党の候補は各地で何年もあるいは何十年も党生活を行ない、国政、地方政治問わず、たえず政策でも切磋琢磨し、来る日も来る日も住民と対話しながら勉強している候補者である。若い30代、40代の人でもひとたび候補者になれば見違えるような論陣を張るのである。この前、共産党の演説会で聞いた話だが、弁士の国会議員がエレベーターのなかで鉢合わせた民主党議員から、「うちの議員の国会質問をテレビで見て、党本部に『下手くそ』と抗議のファックスが来るんですわ。なかには“質問の仕方を共産党に聞いたらどうや”などというのもあるんですわ」と言う逸話だった。しかしまあ、その場しのぎで共産党から聞いても日常普段の鍛錬がなければいい質問や討論はできないだろうなあと思った次第である。

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2010年4月14日 (水)

瀕死寸前、思考能力停止した鳩山内閣

 普天間基地問題で迷走…いや逆走する鳩山さん。3月末まで政府案をまとめるなどと言いつつ何もなし。でも「腹案ある」としながら目はうつろ。なにやら13日の核安全サミットでオバマ大統領と会うので協力をお願いするとした。確かにオバマ大統領と夕食会で逢ったのは事実だ。隣り合わせに座ったそうだが“会談”はたったの10分。会見では「コメントできない」。どだい、ハナから10分くらいでオバマ大統領の「イエス」を貰おうと考えること自体が異常だ。何ヶ月も迷走した複雑な問題を10分ほどで済ませること自体、無理無体な要求を押し付けるアメリカ側を相手だといっても若干失礼だろう。だからコメントできるようなことはなにもなかった。訪米前の会見で「オバマ大統領とあう」ともったいぶって言ったのはたんなる先延ばしのパフォーマンスだった。アメリカ側は「基地の分散移設は認めない」「移設先の合意がないと対象にならない」と傲慢に言っているのに、鹿児島県の徳之島に一部機能を移設するなんて認めるはずがない。また地元合意も徳之島の3町は町をあげて猛烈に反対しているのに合意はとても無理。沖縄の名護市陸上部にヘリパッド建設、将来、うるま市勝連半島沖合いの沖縄県が保全対象にしている藻場、干潟、美しいサンゴ礁までぶっ壊して海に3600メートルもの滑走路二本を作るという無謀な案。一部は徳之島に分散させて「県外へ」の公約を守ったと言うつもりか。これは鳩山首相の提案らしい。ほんとに馬鹿げたとしか言いようがない案である。鹿児島から380キロ南にある奄美大島、その南にある自然の楽園、徳之島。沖縄本島から120キロだから沖縄の方が近い。沖縄の新聞「琉球新報」社説は、「これ以上悪い案は、思いつくことすら難しい」という最悪の案だ。米軍も自衛隊もいない所に基地に必要なインフラを建設するために莫大な金も必要である。勝連沖埋め立てや、名護市陸上部にヘリパッドなどと3箇所あわせてどれだけのムダ金になるか考えただけでもゾッとする。しかも新しい施設を造るわけだから、沖縄の負担軽減どころか基地の強化である。民主党など与党3党はどうしてこんな案を思いつくのか、思考能力を疑う。沖縄県民の意思は「普天間基地の無条件撤去」だ。太平洋戦争末期に沖縄を占領した米軍は住民を収容所に隔離し、ブルドーザーと銃剣で奪い取ったのが普天間基地である。それを返還させるのになぜ移設先まで探す必要があるのか。米軍の要求も無法である。トットト自分の国が保有する領土へ引っ越すのが筋だ。今や日本中探しても「地元合意」が取れる候補地などはない。撤去を言えないのが鳩山内閣である。なぜか。「米軍は日本をまもる抑止力」という呪縛に陥っているからだ。だが、米国の議会でさえ、「沖縄の海兵隊は、日本の防衛に当てられていない」(82年、ワインバーガー国防長官)との証言。「(沖縄の海兵隊は)世界的な役割を果たす戦力投射部隊」(91年チェイニー国防長官=当時)と議会で述べている。米国の気に入らない世界各地へ殴りこみをする部隊だと言っている。そのために沖縄という立地条件の好都合さがあるから手離さないのだ。しかも金の面倒も米国のほかの同盟国よりもダントツに多いほど気前がいいからだ。この金はむろん国民の税金だ。もっとも、歴代の自民党政府が仕組んだ実績である。しかも先日も紹介したように国民をごまかすために「密約」まで結んで払う義理のない金まで払ってきたのだ。鳩山さん、「国外・県外へ移設」と公約したのだから「米本土かグアムへ出て行ってくれ」と勇気をだして交渉すれば瀕死寸前の鳩山内閣の支持率が大幅アップするだろうが、その意思は毛頭なく「公約破りの裏切り内閣」に堕落した。だからと言ってこんな沖縄にした自民党にも支持が回帰しないのは当然だし、与党3党も、公明党も連立した共同責任がある。どの新党も「無条件撤去」はいえない。一貫して「撤去」の主張を通しているのは日本共産党だけである。行き詰まった普天間問題の解決法は道理から見ても「撤去」こそあたりまえだということをますます明快にしている今日この頃である。

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2010年4月12日 (月)

日米間の数々の「密約」が解明されだした

 「日米間は密約だらけ」ということがこのごろよりはっきりしてきた。1972年に沖縄返還の際に、本来アメリカが負担するべき施設の撤去費用や土地の原状回復のための費用、さらに基地改善費などの費用、数百億ドルを日本の負担とする密約があったのではないか…。財務、外務両省が「不開示」としたため文書の開示を求めて情報公開訴訟を起こしていた元毎日新聞記者・西山太吉氏や「密約」の著者・澤地久枝さんら原告団に対する東京地裁の判決が9日にあった。東京地裁は「文書は政府間の密約を示すというべきものだ」と外務省と財務省に文書の開示を求め、総額250万円の慰謝料支払いを命じる判決を下した。当時から問題になっていたことであり、国会で追及されたこともあるという。時とともにアメリカの外交文書の公開などで核密約などとともに各種の密約の存在が明らかになってきた。しかし、日本政府は密約も文書の存在も認めなかったために情報公開法に基づいて訴訟になったものである。東京地裁の判決は実に毅然としたものである。「(文書が)ないというなら、なぜないのか説明する責任がある」と言い切った。当然と言えば当然だが、一方のアメリカが公開しているし、当時の交渉当事者の一人吉野文六外務省アメリカ局長が、自ら署名した文書の存在を認めているのだから。その文書は、①米軍用地の原状回復費用400万ドルの負担を示す「吉野―スナイダー討議記録」、②米国への無利子預金などを示す「柏木―ジューリック覚書」など外務省、財務省関連の5文書。すでにアメリカでは開示されているが、日本では3月9日に公表した外務省の密約問題調査の「有識者委員会」報告でも文書の存在を否定した。財務省は「広義の密約」としつつも、省内には保管されていなかったと述べたものである。これにたいし判決は、柏木―ジューリック覚書」について、「国民に知らせないままにこれら(原状回復費や基地移転費用など)を負担することを合意していたことを示すもの」と断定。さらに「吉野―スナイダー討議記録」が頭文字署名していたことを重視し、「最終的な合意文書でない、ということはできない」と一蹴した。判決が「文書は永久保存されるべきもので、破棄されているなら、外務省の組織的な決定があったと解するほかない」とまで指摘し、「国民の知る権利をないがしろにするもの」と厳しく批判した。これにたいし鳩山首相は「厳しい」、岡田外相は「控訴の可能性を検討する」などと語ったが、なにをとぼけるのか、密約の闇を真摯にあきらかにすべきだ。そもそも3月9日に公表したあの核密約に関しての有識者委員会報告でも、「討論記録」の存在を認めながら、核積載艦船が事前協議なしに日本寄港を認めたものと認めるのは、アメリカ側の一方的解釈であって、「交渉当時、その解釈を日本側に明らかにした形跡はない」として、「討論記録は核密約ではない」と重大な断定をした。これに関しては10年前に国会で密約問題を追及した共産党の不破哲三氏が、58年10月4日の日米安保交渉の最中にマッカーサー大使による会談状況を知らせる電報や、59年6月20日の合意成立当時の交渉経過を国務長官に報告した電報まで公開して、米国は「核積載艦船の日本寄港は事前協議の対象外」と要求したのにたいし、日本側は「事前協議の対象に」という立場を一度も表明していないことを明らかにしている。(3月31日付け「しんぶん赤旗」に詳報) また、同党の志位和夫委員長は「討論記録を日米間の公式の合意文書と認めるか」との質問主意書を内閣に提出した。内閣の回答は「不公表とすることとして両政府の間で作成された合意文書だ」と一応認めた。「共通の理解を記録した」とも述べた。志位氏は「共通の理解」とは「核兵器を搭載した軍艦の寄港は事前協議の対象としないという米側の理解こそ『共通の理解』だ」と強調。「討論記録」を核密約と認めない政府の姿勢は、「もはや成り立たない」と批判した。こうした日米間の密約はほかにも多数指摘されているのだ。まるで密約だらけだ。歴代政府首脳は「密約はない、ない」と半世紀にわたってごまかしながら、いま沖縄密約は司法の場でも認めている時代に、しかも政権交代しても認めようとしない鳩山政権にはもうウンザリというほかない。

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2010年4月10日 (土)

急増する生活保護、予備軍は何倍もある

 貧困と格差が広がる日本の象徴的な統計の一つに生活保護世帯数の数字がある。高失業時代、就職難の昨今では昨年1月現在で生活保護世帯は117万世帯だったのが12月では130万世帯に。人員では同じく約162万人から181万人と急増している。先日、厚生労働省が1965年以降調査していなかった統計として、生活保護基準による最低生活費を下回る所得しか得ていない世帯を推計した。それはなんと705万世帯にのぼると発表した。この最低生活費には家賃分や医療・介護費が含まれていないというから実際にはもっと多くなる。この705万世帯のなかで実際に生活保護を受けているのは108万世帯、率にして15.3%しかないことがわかった。これも異常に少ない。イギリスは87%、ドイツは85~90%と言われるのだからいかに低いかわかる。逆に言えば本来生活保護の対象になりうる予備軍と言ってもいい世帯が、現在受けている人の六倍もいるということである。そもそも生活保護受給の要件は大変厳しく、古びた車を持っていてもダメ。猫のひたいほどのわずかな貯金があってもダメ、生命保険などに加入していてもダメ、自治体によっては住居がなければダメというところもある。昔と違っていまどき車がなければ食料品の買い物を歩いて行くのは大変なのである。スーパーなど大型店舗が進出してはその付近の八百屋さんをはじめ個人商店はバッサリ廃業に追い込まれ、挙句の果てに進出してきた大型店舗が採算とれないとわかると、サッサと引き上げる。すると買出しに行くのが遠くへ行かなければならないのである。昔のような身近にあった商店街もよほど有名なところか、地理的に恵まれていないと残っていない。山間地の町ではかろうじてJAが食料品を販売しているだけで、コンビニはもともと来ていないし、商店は廃業してしまっている。高い料金と便数が1日2便ぐらいのバスを利用して買い物に行くしかない。過疎地では高齢者が多く軽4輪車に物資を積んで週に1度くらい車上販売にくる業者が頼みの綱というところさえある。厚生労働省が生活保護基準以下の所得しかない世帯を推計と言えども45年ぶりに算出したことは結構なことである。そして「保護の要件を満たし、保護を受給する意思のある方が保護を受けられないことがあってはならない」と、自治体に通知徹底する意向であるという。それはぜひやるべきだ。そうでなくても自治体ではなんだかんだと言って条件をつけ保護申請自体をできない場合だってあるから厳密にやってほしいものだ。日本は先進国でも有数の自殺大国であるが、この点でも自殺率は生活保護受給者の自殺者率も高いのである。例えば07年は、生活保護者の自殺者は10万人当たり38.4人、08年は54・8人、09年は62.4人に対し、同じく10万人当たり全国の自殺者率は07年25.9人、08年は25.3人である。09年は未発表である。08年の場合は生活保護受給者の自殺率は全国平均の倍に達している。また、生活保護受給者に占める65歳以上の高齢者の割合は、1980年では30.2%だったが、04年には46.6%とほぼ半数に増加しているのも特徴である。雇用問題の深刻さ、年々減る所得で貧者の生活は大変だ。一方では富裕層はじゃんじゃん儲けて溜め込み、大株主は税金も優遇され、寝ていても大金が転がり込んでくる。世界第二の「経済大国」とは富裕層にとっては天国であるが、貧者にとって後進国なみの生活しか許されなくなっている。これは「自己責任」だろうか。派遣やパート労働を多くし今やまともに働いている人でも年収200万円以下が1千万を超える時代にしたのは長年の自民党政治ではなかろうか。その反省もなく自民党も、自民党を飛び出した人も、そして政権与党も消費税増税の大合唱である。一番弱いものに重い負担をかける消費税を大幅増税すると言っている。さらに貧者を淘汰しようというのである。ああ悲しやである。

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2010年4月 8日 (木)

平沼新党は「日本古稀党」と命名すればピッタリ

 長寿祝いの故事に還暦や古稀(古希)、喜寿、米寿とかいろいろある。還暦は満年齢で61歳になったら祝うが、古稀は70歳であり、こちらは数え年を使うらしいから満年齢で69歳になったら祝うという。「古稀」とはおよそ1300年前中国の詩人、杜甫という人が「曲江」という漢詩のなかで、酒代のつけは私のいくところほとんどあるが、しかし人生70年生きる人は古くから稀なりということが由来となって「古稀」となった。「稀」は常用漢字にはないそうで、「古希」の字が現代では多く使われるそうである。で、わたし的に編集長をしている同級生通信の仲間は現在68歳が若干いるが多くは69歳である。来月に「古稀同窓会」なるものが予定され準備がすすめられているから楽しみである。言葉の由来である1300年も前と現代を比べれば、今どき70歳は「稀」どころか、あちこち見回せばいくらでもいる時代になった。わが同級生でも先立った人は3人、消息不明2人を含めても9割近い同級生が無事に古稀になった。でも現役はほとんどいなく多くは年金暮らしでほそぼそと暮らしているのが圧倒的だ。何を言いたいのかと言えば、2,3日前からテレビや新聞でにぎわしている自民党の離党者仲間がなにやら新党を作ると言っていることだ。あのメンバーの年齢は代表格という平沼赳夫元経産相は69歳、与謝野馨元財務相は71歳、園田博之前幹事長代理は67歳、藤井孝男元運輸相は66歳、新たに加わる中川義雄参院議員は71歳。すでに古稀を過ぎた人が3人、あと2,3年で迎える人2人の5人で「たちあがれ日本」と言う名前の政党を10日にも旗揚げするらしい。ケッタイな党名であるが発案者は石原慎太郎東京都知事。この人は77歳のお祝いである「喜寿」も過ぎた78歳である。さすがにこの年代が考えるような党名である。結党時メンバーの5人は「古稀」前後だからどうせなら「日本古稀党」とでもすれば一番ぴったりだろうに…。はたしてなんのためにたちあがるのか?立ち上がってなにをやるのか?立ち上がったとたんに転んだりしないかと老婆心ながら心配する。私どもの古稀同窓会でも「3度生死をさまよった」とか「夫の介護に専念する毎日」、「足痛で医者に通う」とかで、半数が参加すれば上出来かと予想している。そういう体調的な問題もあるが、「たちあがれ日本」の顔ぶれではテレビで「老人党」とか「立ち枯れ党」とか言われるようでは、特に若い世代に多い無党派層などの心は捉えられないことは確かだ。しかも主張することはすでに退場した自民党の中でももっとも保守の真骨頂ズラした御仁ばかりだからなおさらだ。半世紀も前の自民党の考えそのままである。聞こえてくるのは、誇るべき平和憲法を敵視し「自主憲法制定」を謳い、「社会保障は消費税増税で」と、消費税を導入したときとそっくりの理屈である。その理屈で集めた20年間の消費税収201兆円の大半(180兆以上)を、大企業の法人税減税や大資産家へ優遇税制で減った税収の穴埋めにしてきたのがこのメンバーらの行なった仕事だった。また郵政問題では推進派・反対派だったものが呉越同舟するというのだから基本理念もあうはずがない。「改憲・増税」に向けた自民党本来の最悪のコンビである。ただ、ただ、谷垣自民党ではいよいよ自民党が沈没すると見込んで「早く飛び出したい」と右往左往しているだけだろう。この古臭い新党は、あわよくば1993年の「自民対非自民」対決の総選挙が新党ブームで、選挙後、小沢一郎や公明党市川正一などの暗躍で日本新党の細川護煕を首相とする8党の非自民連立内閣が誕生したが、こんな夢でも見ているのかも知れない。でも多くの国民は、この細川内閣がやったのは悪名高い衆議院に小選挙区制の導入と、政党が税金を山分けする政党助成金制度を導入しただけで9ヶ月の短命で潰れたことを経験している。「たちあがれ日本」メンバーは、「新党」「新党」と叫べば票が集まってくるとでも思っているのかも知れない。

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2010年4月 5日 (月)

「新党」どころか、古臭い自民政治の復活だ

 テレビのニュースや政治番組で自民党の離党騒ぎばかりがチャンネルを変えてもどこでもうるさいほど報道している。見たくもないほど古臭い顔ばかりが登場しているのにはうんざりだ。視聴率が下がると心配する。まだ新党の名前も決まっていないのに持ち上げるのはテレビ局が新党結成に肩入れすることにつながり公明正大ではない。せめて名前ぐらい決まってからにせよ言いたい。自民党から出て行った人、出てゆく予定の人にしても、「新党」の「新」という字が泣くくらい背中には自民党と書いて出て行くだけで、なんにも中身は変わらない。要するに参院選で自民党から離れる票の落穂拾いの役目、第2自民党に過ぎない。これまで離党騒ぎを起こしている連中の中心、与謝野氏、鳩山(邦)氏は麻生政権の閣僚だった輩だ。いっしょになりたいという園田氏は前の幹事長代理だった。けったいなのは平沼氏で郵政民営化に反対して出て行ったのに今度は与謝野氏にくっつくと言う。郵政問題も再燃し、亀井大臣のゴリ押しで、郵政事業の全国一律サービスという国民の願いなどそっちのけで、さらに利潤第一の機関にされようとしているが、平沼氏はどう対応するのか? 自民党から離党はしたがいまだに「一人旅」の鳩山(邦)氏、誰も相手にしてくれないのだろう。それも理解できる。この人はなんと政党を温泉のように出たり入ったりと無所属も含めて、新自由クラブ、自民、新進、旧民主などなど9回も出入りした渡り鳥、イヤ浮気鳥の最たるものである。さすがに兄とよく似て、なかなかの迷走ぶりである。まあ、日本の政党で共産党と公明党以外の政治家は2度や3度は渡り鳥をしているのはワンサカといる。それほどグチャグチャなのであるというか、政治理念や信条もなく、自分が当選するための都合ばかりを考えて、国民のことなど眼中にないのである。今回の騒ぎの渦中の人、与謝野氏は珍しく自民党一筋に働きいくつもの大臣をやり、当選10回、71歳なのだからいいかげんに自民党の長老ぶって静かにして任期いっぱい過ごせばあと3年は大丈夫なのだ。それでも昨年の総選挙では選挙区では落選し、比例代表でかろうじて復活当選した。比例は政党名投票だから「自民党」と書いた得票で当選したのに離党するとはおかしい。それを今回はしゃしゃり出てくるにはワケがありそう。この人の持論は「最も肝心なことは、消費税率を少なくとも10%程度にまでひき上げなければならないことだ」と文芸春秋4月号で書いている。だから参議院選挙で増税派議員を作って政権与党に迫るスンポウだろう。こんな古臭い人が「新党」の顔になるのでは国民の期待も得られないだろう。「読売」の世論調査でこうした連中の「新党」に期待するかとの問いに65%は「しない」である。もう一人の平沼氏も自民党一筋で郵政民営化で無所属になったが、与謝野氏同様長年の自民党政治による悪政を推進してきた「大物」の一人。侵略戦争を美化し肯定するあの「靖国神社」を崇め奉る議員の筆頭格であり、「自主憲法制定」(HP)を謳い、憲法改悪を旗印にする。こういう人が「顔」になる新党では所詮「古い古い」自民党政治の悪臭をばらまくだけだから、看板だけ変えて中身は第2自民党そのものである。メディアが持ち上げる「みんなの党」も自民党を離党した渡辺代表は、れっきとした小泉構造改革をもっと進めようと言う人物である。まさに貧困と格差を広げた構造改革に惚れているのだから、この党が伸びても政治は逆走しても前に進むことはない。自民党という政党には「反省」という言葉がない。そういう政党を長らく経験してきた輩が作る「新党」にはなにも目新しいものはなく、あるのはすでに退場願った古臭い自民党政治の復活だけである。

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2010年4月 3日 (土)

自民党議員、前代未聞の大恥や離党騒ぎ

 野党に転落して「夢」も「希望」も失ったのか、自民党の大臣経験者が前代未聞の恥ずかしい行為を行なって即刻議員辞職した。若林正俊元農水相だ。先月31日の参院本会議での議案に賛成か、反対かを意思表示する投票ボタンを臨席の青木幹雄参院議員が席を外していたため青木氏の分までボタンを押したという「偽装」投票である。議事の賛否を問う投票方法はいくつか種類があって、衆院には採用されていないが参院では名札を立てたらそこに表決のボタンがあり、ボタン投票も行なわれる場合がある。国会議員が議案の表決に参加することは、憲法に守られた表決権の行使であり、国民の負託に答える最も崇高な仕事である。その大事な時間帯にどんな理由かしらないが席を外していた青木氏も国会を軽視したそしりは免れない。名札を立てれば出席していると通知されるが本人が議席にいるかどうかは確認されないと言う。若林氏は合計10回も青木氏の席に乗り出してボタンを押したと言うのだから驚き桃の木だ。その姿は写真にまで撮られていた。1回や2回ならいざ知らず10回もやると言うことは青木氏が依頼して席を外したとも見受けられるが、当人は「想像もできないことだ」と投票依頼は否定したと言う。「自民党の機関紙」と揶揄される「産経新聞」の「主張」でさえ、「今回の問題は野党転落後、党内対立を続け、支持低迷から抜け出せない自民党の現状と無関係とは言い切れない」と手厳しい。会見で若林氏は「魔が差した」と言ったようだが、1回なら「魔が差した」のは分らないことではないが10回もやると言うのは「魔」どころか「確信犯」に近いのではないか。「従来、そのようなことをやったことはない」と釈明していると言うがいかにも怪しいものである。まがりなりにも「大臣経験者」というベテランが「表決」という崇高な行為で偽装を繰り返したというのは、参議院はもちろん、国会の権威と品格を汚し、なめている行為としか思えない。議員辞職は当然である。そして今日のネットニュースでは「与謝野馨元財務相が離党届提出」と。多分出て行くであろうと思われていた人物だが、なにやら新党を作って「第3極」を狙うらしい。自民党もあいつぐ離党騒ぎである。谷垣総裁も求心力を失いもはや自民党も満身創痍である。党内だけでなく医師会や農林漁業団体など有力な支持母体も自民党離れが相次いでいる。前にも書いたけどまさに自民党は「賞味期限切れ」が加速している。一方の民主党も豪腕幹事長の独裁的な党運営にたいし不満がくすぶり、期待の高かった政治「改革」は逆走につぐ逆走で国民の支持が急速に衰え、二大政党は形無しという体たらくである。先に引用した「産経」の「主張」の最後には、「民主党も一斉に若林議員を非難しているが、自浄能力を果たさず国民の信を失ってきたのはどちらなのかを考えるべきだろう」と…。参院選まで3ヶ月前後、二大政党はますます混迷を深めつつある。

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2010年4月 1日 (木)

ビラ配布、されど大きな意義もつ判決

 

3月29日、30日、注目すべき裁判と時効を迎えた事件があった。29日、東京高裁での裁判は、国家公務員が休日に職場と遠く離れた自宅周辺で、政党のビラを住宅のポストに配布しただけで一審の東京地裁で犯罪とされた奇異な事件の二審の高裁判決。03年の総選挙で「しんぶん赤旗」号外として、共産党の見解を載せた普通の政策ビラ配布で元社会保険庁職員が逮捕、起訴され裁判が続いていた。いわゆる国公法弾圧堀越事件である。警視庁公安部がのべ171人もの警官を動員して、1ヶ月間にわたって堀越さんを尾行・監視し、ビデオで撮影するなど、プライバシーと人権を侵害していたもの。一審の東京地裁で国家公務員法違反として罰金10万円、執行猶予2年という判決だった。しかし、29日の東京高裁での判決は、「このような被告の行為を刑事罰に処することは、表現の自由を保障した憲法に違反する」として逆転無罪判決を下したのだ。国家公務員法の政治活動の制限そのものは「合憲」とする不十分さはあるものの、今日では国民の意識は変化し、表現の自由は特に重要だという認識が深まっていると指摘。勤務時間外まで全面的に政治活動を禁止するのは、規制が不必要に広すぎるとした。国家公務員法という政治活動の規制は、戦後すぐの1948年、GHQ(連合国軍総司令部)によって押し付けられた古いものであり、当時の政府や法務官僚でさえ抵抗したが力づくで押し付けられた曰くつきだということである。2年後の1950年制定の地方公務員法制定の際には政治活動にたいする刑事罰規定がはずされている。おしつけたアメリカの法律でさえ、すでに全面的に改められアメリカでは公務員の政治活動は自由である。だから、東京地裁の有罪判決が出されたあと、学者・文化人や法曹界、そして広範な国民などから批判が高まるとともに、国連の自由権規約委員会も08年10月に「自由権規約で保障されている政治活動を、警察、検察官、裁判所が過度に制約しないように、表現の自由と参政権に対して課されたいかなる非合理な法律上の制約をも廃止すべきである」と、日本政府に勧告しているほどである。公務員・民間人問わず、1市民としてビラ配布その他の政治活動を行なうのは自由であり、公務員の政治活動の禁止は、公務の公正な執行を妨げられるというのが理由であり、休日に単独で無言で行なった行為は私人としてであり、政治的に影響を与えるような幹部でもなく、本来の公務には支障を来たしていないのは明白だ。各紙も「時代にあう当然の判断だ」(朝日)、「妥当な判断ではないだろうか」(「毎日」)、「多い日には10人以上の警察官が出動し、たった一人の尾行に使われた。私生活に踏み込む執拗さは、戦時中に戻ったような感覚さえ抱かせる」(「東京」)とある。世界でもイギリス、フランス、ドイツなど先進国は職務に影響を与えない政治活動は自由だと言う。東京高裁の判断は日本が諸外国と比べ制約が厳しすぎることを認め、憲法21条「表現の自由」に違反するとしたのは画期的な意義がある。堀越さんの一審による判例はこれまで一人も起訴された例はないと言われるのだ。それにしても大勢の警察官で1ヶ月間も尾行し、ビデオ33本にも及ぶ不当な捜査は、あきらかに共産党弾圧だったのだろう。それに使われた人、金、時間は、それこそ「納税者として警視庁に言いたい。『税金の使い方がおかしくないですか』と」…と言いたいことを東京新聞「筆洗」が代弁してくれている。同じ警視庁関連では、1995年に国松孝次警察庁長官(当時)の銃撃事件について30日時効が成立した。警察のトップが瀕死の銃撃をされたのだからメンツにかけて捜査しただろう。しかし、十五年の時効にあたっての警視庁会見でオウム真理教の計画的、組織的テロであったと断定した。立件もしていないのに団体を特定すると言うのは異例のこと。オウムだと決め付けながら証拠不十分だ、なんてなにやら悔し紛れの捨て台詞みたいじゃないの?

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