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2010年4月12日 (月)

日米間の数々の「密約」が解明されだした

 「日米間は密約だらけ」ということがこのごろよりはっきりしてきた。1972年に沖縄返還の際に、本来アメリカが負担するべき施設の撤去費用や土地の原状回復のための費用、さらに基地改善費などの費用、数百億ドルを日本の負担とする密約があったのではないか…。財務、外務両省が「不開示」としたため文書の開示を求めて情報公開訴訟を起こしていた元毎日新聞記者・西山太吉氏や「密約」の著者・澤地久枝さんら原告団に対する東京地裁の判決が9日にあった。東京地裁は「文書は政府間の密約を示すというべきものだ」と外務省と財務省に文書の開示を求め、総額250万円の慰謝料支払いを命じる判決を下した。当時から問題になっていたことであり、国会で追及されたこともあるという。時とともにアメリカの外交文書の公開などで核密約などとともに各種の密約の存在が明らかになってきた。しかし、日本政府は密約も文書の存在も認めなかったために情報公開法に基づいて訴訟になったものである。東京地裁の判決は実に毅然としたものである。「(文書が)ないというなら、なぜないのか説明する責任がある」と言い切った。当然と言えば当然だが、一方のアメリカが公開しているし、当時の交渉当事者の一人吉野文六外務省アメリカ局長が、自ら署名した文書の存在を認めているのだから。その文書は、①米軍用地の原状回復費用400万ドルの負担を示す「吉野―スナイダー討議記録」、②米国への無利子預金などを示す「柏木―ジューリック覚書」など外務省、財務省関連の5文書。すでにアメリカでは開示されているが、日本では3月9日に公表した外務省の密約問題調査の「有識者委員会」報告でも文書の存在を否定した。財務省は「広義の密約」としつつも、省内には保管されていなかったと述べたものである。これにたいし判決は、柏木―ジューリック覚書」について、「国民に知らせないままにこれら(原状回復費や基地移転費用など)を負担することを合意していたことを示すもの」と断定。さらに「吉野―スナイダー討議記録」が頭文字署名していたことを重視し、「最終的な合意文書でない、ということはできない」と一蹴した。判決が「文書は永久保存されるべきもので、破棄されているなら、外務省の組織的な決定があったと解するほかない」とまで指摘し、「国民の知る権利をないがしろにするもの」と厳しく批判した。これにたいし鳩山首相は「厳しい」、岡田外相は「控訴の可能性を検討する」などと語ったが、なにをとぼけるのか、密約の闇を真摯にあきらかにすべきだ。そもそも3月9日に公表したあの核密約に関しての有識者委員会報告でも、「討論記録」の存在を認めながら、核積載艦船が事前協議なしに日本寄港を認めたものと認めるのは、アメリカ側の一方的解釈であって、「交渉当時、その解釈を日本側に明らかにした形跡はない」として、「討論記録は核密約ではない」と重大な断定をした。これに関しては10年前に国会で密約問題を追及した共産党の不破哲三氏が、58年10月4日の日米安保交渉の最中にマッカーサー大使による会談状況を知らせる電報や、59年6月20日の合意成立当時の交渉経過を国務長官に報告した電報まで公開して、米国は「核積載艦船の日本寄港は事前協議の対象外」と要求したのにたいし、日本側は「事前協議の対象に」という立場を一度も表明していないことを明らかにしている。(3月31日付け「しんぶん赤旗」に詳報) また、同党の志位和夫委員長は「討論記録を日米間の公式の合意文書と認めるか」との質問主意書を内閣に提出した。内閣の回答は「不公表とすることとして両政府の間で作成された合意文書だ」と一応認めた。「共通の理解を記録した」とも述べた。志位氏は「共通の理解」とは「核兵器を搭載した軍艦の寄港は事前協議の対象としないという米側の理解こそ『共通の理解』だ」と強調。「討論記録」を核密約と認めない政府の姿勢は、「もはや成り立たない」と批判した。こうした日米間の密約はほかにも多数指摘されているのだ。まるで密約だらけだ。歴代政府首脳は「密約はない、ない」と半世紀にわたってごまかしながら、いま沖縄密約は司法の場でも認めている時代に、しかも政権交代しても認めようとしない鳩山政権にはもうウンザリというほかない。

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